コラム

中国はなぜ尖閣で不可解な挑発行動をエスカレートさせるのか

2016年08月09日(火)05時44分

 また、最近になって、これまで嘲笑の的であった江沢民がアイドル化されている。江沢民はカエルというあだ名で呼ばれていたが、「カエルにひれ伏す」という意味の「膜蛤」は、今や文化だと言われ、中国では広く受け入れられている。習主席を直接非難するのは危険である。そのため、「江沢民は良かった」という間接的な批判になるのだ。

 仲裁裁判所の司法判断も外交部の大失態と言われているが、失敗の責任を問われて失脚しかねない王毅外交部長(日本で言う外務大臣)も、中国国内のネット上でアイドルのように扱われている。「スタイルが良い」「笑顔がかわいい」はまだ良いとしても、「他国の高官等に対する横柄な態度がカッコいい」というのは中国の品格を損ねるものだ。まるで、王毅外交部長は国民からこれほど支持されている、と誇示するキャンペーンのようでもある。しかし、中国では、目立ち過ぎるのも危険なのだ。

文字通りの暗闘

 G20を前に、日中間の緊張が高まった方が良いと考えるのは、習近平の外交的失策を突きたい江沢民派や共青団かも知れない。中国共産党内の意見の相違はますます大きくなっているように見える。そして、相変わらず、中国国内の権力闘争の様相は、外部からは見えにくい。双方が直接攻撃し合わず、まわりくどい手法を用いることが、理解するのを余計に難しくしている。

 しかし、日本にとってみれば、中国の権力闘争に利用するためであろうと、日本に対するけん制の強化であろうと、中国が継続的に尖閣諸島周辺における実効支配獲得のための行動を強化していることに違いはない。日本では、中国の東シナ海における行動が続くと、ニュースにもならなくなってしまう。日本社会が関心を失ってしまうのだ。同じ類のニュースにすぐに飽きてしまうのかも知れないが、それは非常に危険なことである。

 特異な事象が起こる度に騒ぐのは、中国に、「日本が中国を非難して事態をエスカレートさせようとしている」という口実を与えるだけだ。関心を失っては、連続して事象を捉えられない。実際には、中国は、公船を尖閣諸島の接続水域に進入させる回数を増加させる等、継続して行動をエスカレートさせている。社会が関心を失うことこそ、中国に有利な状況を作り出すのだ。日本は、中国のエスカレーションに対する危機感を失うことなく、また、国際社会に発信し続けなければならない。

プロフィール

小原凡司

笹川平和財団特任研究員・元駐中国防衛駐在官
1963年生まれ。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。安全保障情報を扱う「IHSジェーンズ」のアナリスト・ビジネスデベロップメントマネージャー、東京財団研究員などを経て、2017年6月から現職。近著『曲がり角に立つ中国:トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版、共著者・日本エネルギー経済研究所豊田正和理事長)の他、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『中国軍の実態 習近平の野望と軍拡の脅威 Wedgeセレクション』(共著、ウェッジ)、『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)など著書多数。

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