コラム

MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(2)─貨幣供給の内生性と外生性

2019年07月30日(火)17時30分

metamorworks-iStock

<現在、世界および日本の経済論壇において、賛成論と反対論の侃々諤々の議論が展開されているMMT。その内実を検討する......。第二弾>

●前回の記事はこちら:MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(1)─政府と中央銀行の役割

MMT(現代貨幣理論)の主唱者たちによれば、彼らがその理論を提起した大きな目的は、これまでの「正統派」によって作り上げられてきたマクロ経済に対する「ものの見方」あるいは「思考枠組み」を根底から覆すことにある。彼らは、その既存の視角は、堅牢で強固なものであるかのように装ってはいるが、実際には現実の経済を大きく歪めて見せる、いわば「歪んだレンズ」のようなものであるという。それに対して、MMTは現実の姿をありのままに見せる「歪みのないレンズ」であるというのが、彼らの自負である。

そうしたMMTからの批判に対して、「正統派」の側からは果たしてどのような反論が可能であろうか。そのことを、多くの「正統派」経済学者たちがこれまで紡ぎ上げてきた理論に基づいて考えてみようというのが、本連載「MMTの批判的検討」の主旨である。

前回の検討(1)で述べたように、ここで主に念頭においている「正統派」とは、MMT派の教科書Macroeconomics 第30章で要約されている「マクロ経済学における支配的主流としての新しい貨幣的合意(the dominant mainstream New Monetary Consensus in macroeconomics)」のことである。マイケル・ウッドフォードやベン・バーナンキらに代表されるその担い手たちは、一般にはニュー・ケインジアンと呼ばれている。その立場が「新しい貨幣的合意(NMC)」とされているのは、マクロ安定化のための政策としてはまずは金融政策を重視する彼らの考え方が、元々はケインジアンと厳しく対立していたマネタリズムやその後の「新しい古典派」による旧来的なケインズ経済学への批判を消化した上で生み出されたものだったからである。

MMTにとっての彼ら主流派すなわちNMCは、ケインズを名乗ってはいるが実際にはその敵である新古典派から流れ込んだ亜流ケインジアン(Bastard Keynesians)の末裔にすぎない。しかし主流派の側からみれば、MMTあるいはポスト・ケインズ派の内生的貨幣供給論は、これまでのマクロ経済学全体の大きな進展に背を向け、特定の視角に固執して狭い党派的思考の中でガラパゴス的な進化を遂げた辺鄙な異端理論でしかない。以下では、MMTや内生的貨幣供給論がどのような意味で「辺鄙」なのかを、逆に「正統派のレンズ」を通して考えてみることにしよう。

正統派とMMT=内生的貨幣供給論との真の対立点

最初の焦点は、貨幣供給の内生性と外生性についてである。MMTあるいはその前身である内生的貨幣供給派ポスト・ケインジアンは、内生的貨幣供給こそが通貨制度についての正しい理解であって、正統派の最も大きな誤りはその点の看過にあると主張し続けてきた。この批判はしかし、正統派の側にとっては単なる「いいがかり」にすぎない。というのは、確かに経済学のテキストの多くでは貨幣供給は「あたかも外生であるかのように」描写されてはいるが、それはあくまでも説明の便宜のためであって、少なくとも現実の金融政策実務に関しては、正統派においてもMMTや内生的貨幣供給派ポスト・ケインジアンとほぼ同様な理解が共有されているからである。

つまり、正統派にとってみれば、対立点は決して貨幣供給が内生か外生かにあるのではない。両者の最大の対立点は、中央銀行が果たすべき役割についての把握にある。MMTや内生的貨幣供給派ポスト・ケインジアンは常に、中央銀行が政策金利を一定に保とうとする以上、貨幣供給は内生的に決まる以外にはなく、したがって中央銀行は貨幣供給をコントロールできないと主張する。実は、その把握は、少なくとも金利一定を前提とする限り、正統派もまったく同じである。しかし、正統派にとっては、それはあくまでも金融政策の出発点あるいは「前提条件」にすぎない。というのは、その前提条件の上に立って、「その政策金利の水準を中央銀行がどのように決めるのか」を考えることこそが、正統派にとっての金融政策だからである。

つまり、MMTや内生的貨幣供給派ポスト・ケインジアンが中央銀行受動主義の立場であるとすれば、正統派は中央銀行能動主義の立場である。前者すなわち中央銀行受動主義は、「中央銀行には経済が必要とする貨幣を供給する以外にできることは何もない」という意味での中央銀行無能論と言い換えることもできる。これが、「新しい貨幣的合意」へと進展してきた「正統派」の中央銀行把握とはまったく相容れないのは明らかであろう。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル横ばい、経済指標が強弱まちまち 

ワールド

EU首脳、競争力強化加速で合意 米中優位に危機感共

ビジネス

再送-〔マクロスコープ〕企業物価、国際商品に投機資

ビジネス

独連銀総裁、FRBの独立性巡り警鐘 政治圧力でイン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベルの「若見え」な女性の写真にSNS震撼
  • 3
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の定説に挑む、3人の日本人科学者と外科医
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    あなたの隣に「軍事用ヒト型ロボット」が来る日
  • 6
    【独自取材】「氷上のシルクロード」を目指す中国、…
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    「ショックすぎる...」眉毛サロンで「衝撃的な大失敗…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    エプスタイン疑惑の深層に横たわる2つの問題
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 6
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 9
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 10
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story