コラム

ジャニー喜多川の性加害問題は日本人全員が「共犯者」である

2023年05月23日(火)21時24分

「被害を知りたくない」に潜む罪

ジュリー社長は、世の中に漠然と存在する性暴力被害者への「偏見と差別」を巧みに利用し、保身を図ろうとしているのではないか。

彼女は「憶測による誹謗中傷等の二次被害についても慎重に配慮しなければならない」と訴えている。私はこの部分がとても引っ掛かる。「憶測による誹謗中傷等の二次被害」とは、具体的にはどういう意味なのか。

ネット上には、現在活躍中のタレントも被害に遭っていたのではないかと懸念する声があり、ほかには誰が被害者だろうかと面白おかしく書いているサイトもある。「憶測による誹謗中傷」とは、現役アイドルに対して「あいつも被害者かも、こいつも被害者かも」と興味本位で囃し立てるような態度のことを指すのだろう。

だが、これまでの証言をまとめると、王様のように振る舞うジャニー喜多川から性的虐待を受けることは、アイドルとして出世していくために避けて通れない道だった。もちろん例外もあるだろうが、基本的には性的虐待を我慢した「対価」として、テレビ出演をはじめとした活躍の場が与えられたようだ。この見方を否定することは難しいだろう。

ということは、現在テレビなどで活躍しているジャニーズタレントたちのなかに性暴力被害者が存在しても、不思議ではない。むしろ、いない方が変だ。これは、裁判結果と証言に基づく極めて合理的な推論である。

そして、ここがもっともモヤモヤする点なのだが、「彼も被害者かもしれない」と推測することは、誹謗中傷になるのだろうか。「憶測に基づく誹謗中傷はあってはならない」という言葉には、「性暴力被害者と推定されること=不名誉なこと」という暗黙の前提条件があるのではないか。

その前提条件は、共有すべきではないと思う。そんな思い込みがあるから、下品なまとめサイトのPVが上がり、被害者が声を出せなくなり、ジャニーズ事務所が喜び、子供への性暴力が繰り返される。

被害を受けたことを公表するか否かは100%の自由意志に基づいて行われるべきであり、公表したい人はすればいいし、したくない人はしなくて良い。でも、公表した人が損をするような世の中であってはいけないと思う。でないと、被害者たちに秘密を抱え込ませることになり、告発する権利をも奪うことになる。

「推しが性被害に遭ったかどうかなんて知りたくない」という思いは、ファン心理としては理解できるものの、性暴力被害者にアイドル活動はできないと言っているのも同然で、一抹の差別を含んでいる。性被害を公表することと引き換えに、何かをあきらめないといけないのだとしたら、それはおかしいことではないか。

性被害に遭っていても、遭っていなくても、同じように応援する。多くの人の認識がこのようにアップデートできた時、タブーはタブーでなくなり、被害者たちは本当の意味で救われるのだろう。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB価格を7130円に再引き

ワールド

北朝鮮、韓国が軍事境界線付近で警告射撃を行ったと批

ワールド

インテル、米政府による10%株式取得に合意=トラン

ワールド

焦点:中国、社会保険料の回避が違法に 雇用と中小企
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子、ホッキョクグマが取った「まさかの行動」にSNS大爆笑
  • 3
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラドール2匹の深い絆
  • 4
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 8
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で…
  • 9
    海上ヴィラで撮影中、スマホが夜の海に落下...女性が…
  • 10
    抽象的で理解の難しい『2001年宇宙の旅』が世に残り…
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 9
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story