コラム

コンゴの車椅子バンドを聴け!

2010年09月09日(木)10時49分

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 あまたのバンドがそうであるのと同じように、彼らも夢を抱いていた。あたためてきた曲をレコーディングし、デビューアルバムを引っさげて世界を熱狂させてやる。

 ただ彼らがちょっとだけ違っていたのは、紛争に翻弄された国で生まれ、ポリオで下半身不随になり、ホームレスだったということ──。それだけだ。

 コンゴ(旧ザイール)の車椅子ストリートバンド「スタッフ・ベンダ・ビリリ」がデビューしてヨーロッパツアーを果たすまでの5年間を追ったドキュメンタリー『ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡』が9月11日から公開される。

 監督はフランス人映像作家のルノー・バレとフローラン・ドラテュライの2人。04年、コンゴの首都キンシャサの路上で偶然、ビリリの演奏を耳にしたのが始まりだ。車椅子に乗ったホームレスとストリートチルドレンが歌っていた。

  俺はトンカラ(段ボール)の上で眠る 
  子供たちはトンカラの上で踊る 
  トンカラの上で夢を見る
  俺はトンカラの上で生まれた
 

 ルノーとフローランはすぐに、彼らのアルバム制作支援とドキュメンタリー撮影を決意した。思いがけない災難でメンバーが散り散りになったり、キンシャサ動物園での野外レコーディングがなかなかうまくいかなかったりと、山あり谷ありの5年間。でも見所は、希望を捨てないビリリのたくましさ、バンドのリーダー「パパ・リッキー」とストリートチルドレンの「親子愛」、そしてもちろん彼らの音楽だ。

 あの『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』を思わずにはいられない。ビリリのサウンドにキューバのリズムが入っているのも、そう思わせる理由の一つだ。コンゴ民族音楽とキューバ音楽が融合した「コンゴリーズ・ルンバ」をベースに、ファンクやソウルのテイストがふりかけられている。切ない歌声を聞かせる曲もあれば、パワフルなボーカルとビートが爆発するナンバーも。

 ストリートの日常をそのまま歌う歌詞は、変化球なしの直球勝負。上記の「段ボール」もそうだし「ポリオ」という曲も、ビリリじゃなきゃ書けないだろう。

  俺は丈夫に生まれたが ポリオになっちまった
  親たちよ 頼むから予防接種に行ってくれ
  赤ん坊にワクチンを与えてやるんだ
  親たちよ 頼むから子供を見捨てないでくれ
  障害のある子供も ほかの子供たちとちっとも変わらない

『ブエナ・ビスタ』と大きく違うところは、バンドのメンバーひとりひとりの背景をあまり掘り下げていないところだろうか。彼らは何歳のときにポリオにかかったのだろう、紛争の時代をどう生きてきたのだろう、と物足りなさを感じてしまうかもしれない。だが監督のルノーとフローランが目指したのは「ビリリの曲に語らせる」ことだ。

「音楽を聴くことで伝わるものは多い。説明しすぎるのは避けたかったし、同情を誘うような映画にはしたくなかった。それに彼らの頭の中では、障害者であるということは障害ではない」

パパ・リッキーたちは最初から言っていた。「今に見てろ、世界一有名なバンドになってやる」。それは決して虚勢ではなく、確信のように聞こえた。「キンシャサの厳しい環境では、その真逆にあるような夢を描かなければ生きていけない。希望がなければ狂人になるか死んでいくしかないんだ」と、ルノーは言う。嘆いていては生きていけない、泣いている暇はないのだ。

  段ボールで寝てた俺が マットレスを買った
  同じことが起こりうる お前にも 彼らにも
  人間に再起不能はない 幸運は突然 訪れる
  人生に遅すぎることは 絶対にない>

 だから、スタッフ・ベンダ・ビリリはどんな不運に襲われても絶対にあきらめない。何が起きても動じない。パパ・リッキーたちには、どんと構えた格好良さがある。

 初のヨーロッパツアーのときだって、「当然のこと」と、プレッシャーを感じてる様子はまったくなかったそうだ。ルノーとフローランがこっそり教えてくれた。2人のほうが「リハのときみたいに歌詞を間違えたらどうすんだ」などとハラハラしてたらしい。でもパパ・リッキーたちはウイスキーをラッパ飲みして「俺たちやってやるぜ!」の勢いだったとか。そしてステージに上がると、その圧倒的なエネルギーで一瞬にして観衆をとりこにしちまった。

 カッコ良すぎですよ、ベンダ・ビリリ兄さん。


 *「スタッフ・ベンダ・ビリリ」来日公演やります(9~10月)。
  http://bendabilili.jp/concert.html


──編集部・中村美鈴

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ニューズウィーク日本版編集部

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