コラム

グラウンド・ゼロはNYだけなのか

2010年08月30日(月)22時16分

 9・11テロが起きたとき、ワシントンDCに住んでいた。朝テレビをつけると、ニューヨークの世界貿易センタービルから煙が立ち上っていた。すぐに2機目が突入した。朝から授業があったので、とりあえず大学に行ったが、「ペンタゴン(国防総省)もやられた」と連絡が入り、家に帰された。

 それからのアメリカは恐怖と疑心暗鬼と復讐に包まれた。私自身、地下鉄でターバンを巻いた中東系の人を見かけたとき、少しも恐怖心を抱かなかったと言えば嘘になる。そういった感情を憎しみにまでエスカレートさせてしまったアメリカ人は、ヘイトクライム(憎悪犯罪)に走った。

 全米各地でイスラム教徒やモスクが襲撃された。通っていた大学では、中東からの留学生に自宅待機が命じられた。学校に来ると危ない目に遭うかもしれないから。車にわざわざ星条旗のステッカーを貼って走る中東系移民。彼らの痛ましい叫びが聞こえてきそうだった。アメリカに忠誠を誓います。私たちはあなた方の敵ではありません、と。

 あれから9年。「グラウンド・ゼロ」近くのモスク建設計画をめぐる対立を契機に、ヘイトクライムが再燃の兆しをみせている。ニューヨークでは先週月曜、イスラム教徒のタクシードライバーが刺され、水曜には酔った男がクイーンズのモスクに入り、お祈り用のマットに小便をかけて逮捕された。カリフォルニアでも、イスラム教徒をテロリスト呼ばわりする看板がモスクに置かれていたという。

 9・11テロの遺族の気持ちを思えば、このモスク建設にいい気分がしないのも分からなくはない。でもやはり絶対に間違ってならないのは、「ムスリム=テロリスト」ではないということ。あらためて強調するのも馬鹿らしいが、あの日、ツインタワーに突っ込んだのは、一部の過激な思想を持ったグループ。イスラム教徒みんながみんな日夜テロを企てているわけではない。

 どうすればモスク建設反対派の心は静まるのか──。

「イスラム教」という抽象的な概念や「モスク」という建造物とか、体温が感じられないもので考えるからいけないのではないか。モスクに通う「人」を思ってほしい。共通点はイスラム教徒であることかもしれないが、そこにはいろんな人が通うはずだ。職業も年齢もさまざま、もちろん性格だって人それぞれ違う。なかには、もし一緒の学校や職場だったり、ご近所さんだったら気の合う仲間になるような人もいるはずだ。人を知ろうとするとき、誰かと関係を築くとき、宗教や国籍や肌の色よりも、その人の人となりのほうが大事なはずだ。

 何をどうこうしても、憎しみが収まらない人たちは知っているだろうか。あなたたちがムスリムとテロリストを区別できないのと同じように、イラクやアフガニスタンの人たちはアメリカが言うところの「正しい戦争」に理解など示していない。米軍が言うところの「コラテラル・ダメージ」(やむを得ない民間人の犠牲)なんか納得しちゃいない。大切な人は、米軍、米政府、アメリカに殺されたのだ。

 イラクやアフガニスタンには国中に「グラウンド・ゼロ」がある。

──編集部・中村美鈴


このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米共和党下院議長、つなぎ予算案の採決見送り

ビジネス

米ホリデー商戦、18年以降で最低の伸びに=デロイト

ワールド

ヨルダン議会選、イスラム政党躍進 ガザ紛争で反イス

ワールド

中国商務相が来週イタリア訪問、閣僚と会談へ=伊政府
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 2
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 3
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 4
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 5
    公的調査では見えてこない、子どもの不登校の本当の…
  • 6
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 7
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンシ…
  • 8
    恋人、婚約者をお披露目するスターが続出! 「愛のレ…
  • 9
    プーチンが平然と「モンゴル訪問」を強行し、国際刑…
  • 10
    キャサリン妃、化学療法終了も「まだ完全復帰はない…
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
  • 3
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 4
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 5
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 6
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 7
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 8
    「私ならその車を売る」「燃やすなら今」修理から戻…
  • 9
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座…
  • 10
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すればいいのか?【最新研究】
  • 4
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 10
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story