コラム

ソマリア人ラッパーが歌ったW杯

2010年07月08日(木)17時51分

 コカコーラのワールドカップCMで流れているキャンペーンソング。耳にした人も多いのでは。曲名は「Wavin' Flag(ウェイビング・フラッグ)」で、歌っているのはソマリア出身のラッパー、K'naan(ケイナーン)だ。ケイナーンは各国のアーティストと共演していて、日本ではAIとコラボしている。

Give me freedom, give me fire, give me reason, take me higher
See the champions, take the field now, you define us, make us feel proud
In the streets our heads are lifting, as we lose our inhibition
<自由を手に、闘士を燃やし、信念を持って、胸を張って/ピッチに立つ俺たちの代表、俺たちの誇りだ/みんなで盛り上がろう、抑圧から解放されて>

When I get older I will be stronger
They'll call me freedom, just like a wavin' flag
So wave your flag, now wave your flag, now wave your flag
<大きくなったら、強くなるんだ/自由を手に入れるんだ、風にはためく旗のように/さあ国旗を手にして、みんなで振ろう、風を感じながら> 

 この曲はケイナーンの物語。ソマリアの首都モガディシオで生まれ、1991年に13歳で家族と共に母国を離れた。正確には「脱出した」と言ったほうがいいだろう。

 反政府勢力による武装闘争が何年も続いた末、ついに内戦が勃発した年だった。各国の大使館が撤収していくなか、ケイナーンの母親は何度も何度も米大使館に駆け込み、やっとのことでビザを取り付けたという。ケイナーンいわく「ソマリアを出る最後の便だった」。

 以降、ソマリアの内戦は泥沼化していく。「あの最終便に乗れなかった人たちがどうなったかはよく知っている」と、ケイナーンは英BBCに語っている。「少年兵になって今も戦っているか、死んだか」。そのなかには彼の親戚や友人も含まれている。

 祖国の混乱と暴力を歌うケイナーン。実は、コカコーラのCMで流れる「Wavin' Flag」は彼が09年にリリースした同名の曲をW杯用に一部書き直したもので、オリジナルはそこまで希望に満ちあふれた曲ではない。

Born to a throne, stronger than Rome,
but violent prone, poor people zone
But it's my home, all I have known
<ローマ帝国より強力な王の下に生まれた/なのにそれは暴力と貧困の国/でもそれが俺の祖国、俺が知るすべてだ>

Look how they treat us, make us believers
We fight their battles, then they deceive us
Try to control us, they couldn't hold us
<やつらが俺たちにしたことを思い出せ、俺らを巧みに言いくるめ/俺らを戦争に駆り出し、そして裏切るんだ/俺たちを支配しようとしたって、そうはさせるものか> 

 コカコーラ社の要望で「暴力」「貧困」「戦争」などといったフレーズが書き換えられた。やはりオリジナルのほうがストレートで力強いし、個人的にはこっちのほうが好きだ。でも、「W杯キャンペーンソングだから」というコカコーラの気持ちも分かる。

 ケイナーンも別に、ほいほいと大企業に迎合したわけではないようだ。「より多くの人に聞いてもらえるいい機会だと思ったから受けた。これは俺の書いた曲だし、ミュージシャンとして妥協もしていない」(ビルボード誌より)

 それにケイナーンは、言いたいことは言うアーティスト。01年、UNHCR(国連高等難民弁務官事務所)の50周年記念コンサートに招かれた際には、国連のソマリア支援の失策ぶりをこき下ろすラップを即興で披露した。海賊行為については、「正当化できるものではない」としながらも、「背景にはソマリア沖での違法漁業や外国企業による有害廃棄物の投棄に対する抵抗といった側面もある」と公言している。


 W杯も気付けばもうすぐ終わり。ピッチの外に関する「反省会」はこれからじっくり行われると思うが、すでにうちの媒体も含め、いろんなメディアが祭りの陰で起きた数々の問題を指摘している。経済効果は期待はずれ、FIFA(国際サッカー連盟)のあくどい商売主義、ネット環境にない地元民を無視したオンラインチケット販売、再開発で家を追われた貧困層などなど。

 でも最初から完璧にできる国なんてないと思う。特に途上国開催の場合、先進国の基準でなんでもかんでも期待するのは無理があるだろう。先進国開催でも、こうした国際大会をホストすれば何らかの「ほころび」が出てくるもの。要は、どれだけきちんと反省会をして次に活かせるか。14年開催のブラジルもそうだし、次にまた南ア、もしくはアフリカのどこかの国が招致できたときに同じ失敗を繰り返さないようにすればいい。

 それにネガティブな話だけじゃなかったはずだ。ぽつぽつと強盗のニュースが聞こえては来たが、想定範囲内で済んだのではないか。行ってみたら、そこまで身の危険を感じることはなかったと拍子抜けしたサポーターも結構いるのでは。目的はサッカーだったけど、南アの人々と直接触れ合って、この国がちょっと身近に感じるようになったという人も少なくないだろう。

 現地に行けなかった人もW杯がなかったら知ることもなかった情報を手に入れた。この数週間で「ブブゼラ」は世界的に有名に。ヨハネスブルグやケープタウンしか知らなかった人は、ダーバンやブルームフォンテンといった都市名を知り、海岸沿いだから暖かいとか高地だから酸素が薄いとか、各都市の特徴まで分かるようになった。些細なことだけど、こういうのもW杯効果の一つだと思う。

 ピッチの上では、残念ながらアフリカ勢は振るわなかったけど、大会初ゴールを決めた南ア代表チャバララ選手の雄姿(とその後のキュートなダンス)は忘れられない。黒人居住区ソウェト出身のチャバララが地元に帰ったときの映像もあったが、彼を見上げる子供たちの目がすごく輝いていたのも印象深かった。

 ケイナーンはW杯が開幕する直前、オンラインニュースのハフィントン・ポストに寄稿し、こう結んでいる。「私の音楽が、アフリカ大陸が抱える計り知れないほどの苦しみと素晴らしさ、その両方に目を向けるきっかけになればいい」

 ケイナーンの曲も今回のW杯も、きっかけになったと思う。そこに意味を置きたい。

──編集部・中村美鈴

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮ハッカー集団、韓国防衛企業狙い撃ち データ奪

ワールド

アジア、昨年は気候関連災害で世界で最も大きな被害=

ワールド

インド4月総合PMI速報値は62.2、14年ぶり高

ビジネス

3月のスーパー販売額は前年比9.3%増=日本チェー
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story