コラム

カジノに懸けたシンガポール(2/2)

2010年07月06日(火)02時05分


 1965年の独立以来、建国の父にして現首相の父親であるリー・クァンユー内閣顧問が徹底して国民を管理、統制してきた理由の一つに、私会党と呼ばれる華人秘密結社の存在がある。建国前には賭博、麻薬などの利権にはじまり、ストライキや選挙へ介入していた組織だが、現在はほとんど消滅している。政府が恐れているのは、カジノのような商業施設が誕生すれば、再び同様の組織が暗躍する可能性だ。

 一般の中国系シンガポール人のギャンブル好きも、政府の懸念材料だ。政府の発表では、約8割を華人が占めるシンガポール人は毎年、政府が管理する合法賭博(ロトやトト)で60億SDを費やし、海外のカジノで15億SDを落とす。私はシンガポールに住んでいたことがあるが、街のあちこちにある販売所で老若男女問わず行列をなす光景は、珍しくも何ともなかった。

 ある英国団体が以前行なった調査では、カジノで最も負けている国民はオーストラリア人に次いでシンガポール人が2位。1人あたり500ドルほど負けている計算になるという。カジノがギャンブル依存症の増加を招く引き金になりかねない。

■国民への規制も効果なし?

 カジノの認可でパンドラの箱を開けてしまったシンガポールは、こういった諸問題に対処するために、シンガポール人をカジノに近づけない対策を取りまとめているが、その効果は疑わしい。

 まずシンガポール国民からは入場料を徴収する課金制度。1日につき100SD、または1年間の年間パスならば2000SDを支払わなければ入場できない。ローカル人にとってこの金額設定はかなり高く、気楽に足を運べる額ではない。だがカジノで最大の顧客は、実はシンガポール人と永住権保有者になるだろうとシンガポールでは言われている。

 政府は国民に対して、この事業があくまで総合リゾート・プロジェクトであってカジノはその一部分でしかないと強調している。そして全敷地内でカジノが占めるスペースの割合を5%以下にすることを定め、例えば、MBSの敷地内でカジノ施設の占める割合は3%に過ぎない。ただカジノが目玉であることを考えれば、これも大した効果があるとは思えない。

 リー・シェンロン首相による05年のカジノ解禁の声明でも、「このリゾート開発は1年以上の間、政府によって検討されてきたプロジェクトだ。それにはカジノのような賭博場も含まれている」と慎重な言い方をしている。また国民の目をカジノから逸らせるために、地元メディアでのカジノ広告を禁止している。

 「水がきれいすぎて、魚がいない」と香港や台湾から揶揄されるシンガポール。水を汚す必要に迫られた今、シンガポールの素顔が見られるはずだ。

**カジノに懸けたシンガポール(1/2)


――編集部・山田敏弘

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮大使「日本と会談せず」、中国の日本大使館打診

ビジネス

再送-キヤノンの御手洗会長、株主総会での賛成比率9

ビジネス

アングル:市場のムード急変に警戒、第1四半期は世界

ビジネス

小林製薬社長「原因究明と再発防止が責任」、紅こうじ
MAGAZINE
特集:生存戦略としてのSDGs
特集:生存戦略としてのSDGs
2024年4月 2日号(3/26発売)

サステナビリティーの大海に飛び込んだ企業の勝算を、経営学者・入山章栄とSDGs専門家・蟹江憲史が読み解く

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    「私はさそり座の女...」アン・ハサウェイのゴスな大胆衣装にネット震撼

  • 3

    貨物船が衝突し崩れ落ちる橋...水中に落下する車...カメラが捉えた「崩壊の瞬間」

  • 4

    英キャサリン妃の癌公表で「妬み」も感じてしまった…

  • 5

    ロシア軍はもう「クリミア大橋を使っていない」──ウ…

  • 6

    「妄想の塊で常識に欠ける」と人事的に大不評、Z世代…

  • 7

    日本で車椅子利用者バッシングや悪質クレーマー呼ば…

  • 8

    中小企業が賃上げできない、日本の「特殊」な要因...…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    プーチンの誤算、傷だらけでクリミア半島から逃げ出…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 3

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴を上げ、「見た瞬間に鳥肌!」 奇妙な生物の正体は?

  • 4

    ウクライナは本当に負けてる? ロシアが犯した「5つ…

  • 5

    日本製鉄によるUSスチールの買収・子会社化...「待っ…

  • 6

    少女の髪の毛をかき分けると...もぞもぞ蠢く「シラミ…

  • 7

    ウクライナ軍のドローンに悩むロシア黒海艦隊...「地…

  • 8

    「私はさそり座の女...」アン・ハサウェイのゴスな大…

  • 9

    左右に並ぶ「2つの顔」を持って生まれたネコが注目を…

  • 10

    貨物船が衝突し崩れ落ちる橋...水中に落下する車...…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    「朝の歯磨きは食前・食後?」 歯科医師・医師が教える毎日の正しい歯磨き習慣で腸内環境も改善する

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    アウディーイウカ近郊の「地雷原」に突っ込んだロシ…

  • 5

    大阪万博、大丈夫?予言されていた「荒井注」化の危…

  • 6

    「完璧に保存された」ローマ文明以前の古代の墓...発…

  • 7

    野原に逃げ出す兵士たち、「鉄くず」と化す装甲車...…

  • 8

    『オッペンハイマー』日本配給を見送った老舗大手の…

  • 9

    健康長寿の一歩、年齢に負けず「長く続けるための」…

  • 10

    何をした? ロバート・ダウニー・Jr、助演男優賞で初…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story