コラム

新宿3丁目のナイジェリアでW杯

2010年06月17日(木)15時55分

 ブォォォォオオオオオオオーーーーーーー。

 ブブゼラの音量が一気に高まるたびに、ラッキーさんは料理の手をとめてW杯中継画面を見上げる。

 6月11日、新宿3丁目のナイジェリアン・バー「エソギエ」で飲んでいる。W杯開幕戦は、やっぱりアフリカンな気分で迎えたかったから。

 ナイジェリアのおつまみ「スヤ」をいただく。羊肉と赤タマネギを炒めただけなのに、スパイスが効いていてビールのあてにぴったりだ。でももっと強い酒が欲しい私は、ジンに木の根や皮を漬けこんだ「オゴコロ」とやらをロックで。

 バーのご主人、ラッキーさんは来日10年のナイジェリア人。「ラッキー」は英語名で、部族の言葉でつけられた名前は、店名にもなっている「エソギエ」。「神から贈られた宝物」という意味だそうだ(こっちのほうが素敵だと思うけど、みんな「ラッキーさん」と呼ぶ)。

 メニューはナイジェリア料理ばかりで、スヤのようなおつまみから、もっとボリュームのあるご飯ものまで色々。腕をふるうのは、もちろんラッキーさん。でも今日ばかりは、W杯中継が気になって仕方ない。南アフリカがメキシコのゴール前に攻め込み、南ア・サポーターの大音響ラッパ、ブブゼラが火を噴き始めると、おちおち料理なんか作ってられないといった感じだ。

 なのに、こんなときに限って、隣のお客さん、お腹が減っているのか、次から次へとラッキーさんに注文を入れる。

 一息ついたところで聞いてみた。

「サッカー好きなんですね?」

「高校までやってたからね。右サイドのウィング。ナイジェリアではサッカーが1番のスポーツ」

 こう返されると、職業病(?)がムズムズして、楽しい席なのに真面目くさった質問をぶつけずにはいられない。

「アフリカの地で初めてW杯が開催されることは、ラッキーさんにとってなんか特別な意味がありますか」

「とても興奮してるし、これはアフリカにとって──」

と、ここまできたところで、

「ラッキーさ~ん、生ビールっ!」

邪魔が入った。また隣の客から。

 ええいっ、いいところだったのに! もう少しで、グッとくる言葉を引き出せたかもしれないのに~(ラッキーさん、いやらしくてゴメンなさい)。

 でも、すべてはラッキーさんがハーフタイムに語ったシンプルな一言に尽きるような気がする。前半が終わると、ラッキーさんはカウンターから出てきて私たちに向かって言った。

「今日はアフリカにとって、とてもとても大切な日です」

 そして、西アフリカの伝統太鼓ジャンベを叩きながら、静かに歌い始めた。ハーフタイムを利用したラッキーさんのミニライブ。さっきまで、にこやかだった表情が真剣になっている。

 この表現が適当かどうかは分からないけれど──。
美しかった。すごく。ジャンベの音色も、歌声も、ラッキーさんも。

 W杯は1次リーグもそろそろ折り返し。アフリカ勢が勝ち進めば進むほど、「エソギエ」のご主人は自慢の手料理に集中できなくなりそう。


──編集部・中村美鈴

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イラン交渉団、和平目指し直接会談 協議継続とイ

ワールド

米軍がホルムズ「掃海」とトランプ氏、イランTVなど

ワールド

バンス米副大統領、パキスタンのシャリフ首相と会談

ワールド

米が資産凍結解除に同意とイラン筋、米当局者は否定
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦によって中国が「最大の勝者」となる理由
  • 2
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけない副作用に研究者が警鐘
  • 3
    中国が恐れる「経済ドミノ」
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 6
    新しいアメリカンドリームは「国外移住」...5人に1人…
  • 7
    革命国家イラン、世襲への転落が招く「静かな崩壊」
  • 8
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 9
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 10
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 8
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 9
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 10
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story