コラム

東南アジアの紛争地帯に林立する「ネット詐欺工場」──10万人以上を搾取する中国人マフィア

2024年02月05日(月)12時15分
ネット詐欺

(写真はイメージです) SomYuZu-Shutterstock

<架空の仕事に応募し、そのまま拉致され、強制的に働かされる──被害者は中国人や東南アジア出身者以外にも>


・国連報告によると、東南アジアの密林地帯にはネット詐欺を組織的に行う「工場」が林立していて、年間数十億ドルを稼ぐといわれる。

・「工場」では高給をうたった架空の仕事に応募した人が拉致され、強制的に働かされおり、その人数は10万人にも及ぶと推計される。

・「工場」の周辺では戦乱が続き、現地の公的機関も立ち入れいない無法地帯では中国人マフィアの暗躍が確認されている。

数十億ドルを稼ぐ「ネット詐欺工場」

銀行やカード会社を名乗る偽装メッセージ、SNS上の「知り合い」による架空の投資話...。こうしたネット詐欺は今やどの国でも発生しているが、現場から遠く離れた国に詐欺集団がいることも珍しくない。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は昨年8月のレポートで、東南アジアにいくつもある ‘ネット詐欺工場’ の実態を明らかにした。

それによると、タイとの国境に近いミャンマーの密林地帯には、まるで刑務所か軍事要塞のように外部から隔離されたネット詐欺の拠点がいくつもある。

マネーロンダリングやランサムウェア(コンピューターシステムの乗っ取り)といったネット犯罪は今や高度に組織化されていて、被害額も膨大なものだ。

Crypt Crime Report によると、ネット犯罪の世界全体での被害額は年間140億ドルにも及び、その半数近くをネット詐欺(ロマンス詐欺、豚の屠殺詐欺など)が占める。

ミャンマーを中心とする東南アジアの「工場」は、年間数十億ドルを稼ぎだす拠点とみられる。

1日17時間労働で無休・無給

ただし、ネット詐欺工場でデバイスの前に座って黙々と働く「労働者」をただの犯罪者とみることもできない。そのほとんどは高給をうたった架空の仕事などに応募して、そのまま拉致され、強制的に働かされているからだ。

世界的な景気後退で、有利な条件の仕事を求めて国境を越える人は増えており、その心理を利用されているといえる。

つまり、ネット詐欺工場はそのまま人身取引の拠点でもあるのだ。

ミャンマー軍事政権は昨年10月、「200人の外国人を救出した」と発表した。

しかし、これは氷山の一角にすぎず、ネット詐欺工場に違法に連れ込まれたのは10万人以上とも推計されている。

解放された被害者のなかには東南アジア各国だけでなく、中国や台湾、さらにはアフリカや中南米などの出身者も含まれる。そのほとんどはエンジニアや専門家ではなく、リクルートされる条件は英語あるいは中国語が話せる、PCの基本操作ができる、といった最低限のものだけのようだ。

ミャンマーにある「工場」の一つ、通称「KKパーク」から救出された被害者はドイツ公共放送のインタビューに対して、

・「1日17時間労働が当たり前で、休暇はない」

・「約束された給料が支払われないどころか、持ち物全てを奪われた」

・「逃げ出そうとしたり、抵抗したりすると、下手をすれば殺される」

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ウォルマート、8―10月期は予想上回る 通期見通

ビジネス

米9月雇用11.9万人増で底堅さ示唆、失業率4年ぶ

ビジネス

12月FOMCで利下げ見送りとの観測高まる、9月雇

ビジネス

米国株式市場・序盤=ダウ600ドル高・ナスダック2
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story