コラム

30万人を戦場に送り出せる「部分的動員」──プーチンを決断させた3つの理由

2022年09月27日(火)11時40分
プーチン

ロシア建国1160周年記念集会で演説するプーチン大統領(9月21日) Sputnik/Ilya Pitalev/Pool via REUTERS

<部分的動員令を受けて、ロシア人が入国できるブルガリアやセルビア行きの航空券価格が高騰。西側諸国はこの決定が対立をエスカレートされると批判を強めている>


・プーチン大統領は予備役30万人を任務につかせる部分的動員を発令した。

・これは実効支配しているウクライナ東部を「手放さない」という暗黙のメッセージである。

・それと同時に、部分的動員の発令には、国内のナショナリストの不満を慰撫する目的も見受けられる。

プーチン大統領は9月21日、テレビ演説で予備役を軍務につかせる「部分的動員」を発令すると発表した。ロシア国防省によると、これによって約30万人の兵士が追加されることになるという。

ロシアがこうした動員をかけるのは、ソビエト連邦の時代の第二次世界大戦以来のことだ。

もっとも、大戦中の動員は成人男性すべてが対象の「総動員」だったのに対して、今回のものは招集の対象をあくまで予備役に限定した「部分的動員」だ。ロシア国防省によると、総動員の場合には2500万人が対象になり、今回の動員対象はその1%強に過ぎない。

それでも、この決定が緊張を高めたことは不思議でない。ウクライナ政府は「予測できたこと」と述べ、徹底抗戦の構えを崩さない姿勢を示している他、NATOをはじめ欧米各国も、部分的動員が対立のエスカレートを招くと批判している。

一方、ロシア国内では戦場に駆り出されることを恐れる市民により、抗議デモが各地で発生する一方、国外脱出を目指す動きも加速している。

ウクライナ侵攻後の2月末から、高学歴の若者ほどロシアから脱出する動きがみられた。しかし、部分的動員が発令された21日以降、対ロシア制裁に加わっておらず、ロシア人の入国が可能なブルガリアやセルビアなどへの片道航空券の価格が高騰していると報じられている。

部分的動員の背景 ①戦局悪化による追加派兵の必要

内外から批判や拒絶が高まることが目に見えていたなか、なぜプーチン政権は部分的動員に踏み切ったのか。そこには大きく三つの理由があげられる。

第一に、兵員を追加で派遣しなければならない必要に駆られていることだ。

先週、ロシアとの国境に近い、ウクライナ北東部のハルキウ州の大部分で、ロシア勢力は駆逐された。

さらに9月20日には、ロシアが実効支配していた東部ルハンシクの中心都市リシチャンシク郊外も、ウクライナ側が奪還した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

テスラ車に対話型AI「グロック」搭載へ マスク氏表

ワールド

国連特別報告者に支持表明相次ぐ、米制裁「容認できな

ワールド

トランプ氏「ロシア巡り14日に重大声明」、ウクライ

ワールド

銅取引業者、中国で売却模索 関税発動前の米到着間に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 10
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story