コラム

物価高批判は有権者に響くのか?

2022年06月29日(水)17時33分

このため、立憲民主党が主張する、「金融政策の見直し」は、デフレから完全脱却過程にある日本にとっては、リスクが大きい政策対応だと筆者は考えている。「ガソリン高などよる生活苦」に対応したいかつ岸田政権への批判姿勢をアピールする、という政治的な動機によって、妥当ではない政策が提唱されているように思われる。

実際に、為替レートを無理やり安定させようとして、金融財政政策が運営されると、1990年代以降の日本のように経済成長率が安定せずに、むしろ経済や生活が不安定になる可能性が高い。日本は、先進国の中でデフレと低成長の悪循環に陥ったが、この過程でドル円相場の変動に金融政策が影響され、日銀の金融政策が経済を安定化させるに至らなかった経済失政によって、長期のデフレと経済の停滞が起きたと筆者は考えている。

現在の2%インフレ目標を明示化した金融政策の枠組みは、2012年に第2次安倍政権時に採用されたわけだが、これを修正すれば経済成長に対する配慮に欠ける経済政策運営に転換するだろう。「アベノミクス」を批判してきた、旧民主党の政治家の意向が強いからなのか、党内事情はよく分からないが、経済政策において信頼できる対案を示せない政党という印象がより強まっているようにみえる。

仮に、2012年までのように経済官僚に経済政策を任せていると、かつての民主党政権時代のような、超円高・株安・デフレとなり、結局「国民の生活」はより苦しくなる。この事実を過去10年で多くの有権者は学んでいることが、失敗を教訓としない野党第一党が主張する「物価高批判」が広がらない一つの理由だろう。

仮に、米欧でみられているようなスピード違反の高インフレが日本で起きていれば、「物価高批判」が、政治変動を引き起こしているかもしれない。ただ、日本においてはエネルギーを含めてもインフレ率は2%とかなり低い。

財政緊縮方向に転じるリスクが浮上する

「米欧に乗り遅れるな」「弊害が大きい」などの曖昧な理由で、日本銀行による指値オペ採用など金融緩和を批判しながら、円安進行を懸念する市場関係者がメディアでは散見される。これらの多くは、米欧と日本の経済やインフレ情勢の違いへの理解が十分ではない、的外れな議論と位置付けられるだろう。日本銀行による金融緩和への批判的な議論は、物価高批判を訴える立憲民主党と共通点が多いと筆者は考えている。

結局、与野党の構図が大きく変わらないとみられる今回の参議院選挙は、昨年の総選挙同様に与党が議席数を伸ばすことができて、党内基盤が盤石とは言えない岸田政権の自民党内での求心力が強まるかどうかがより重要ではないか。仮に、自民党が大きく議席を伸ばせば、政治安定という意味ではポジティブである。ただ、自民党内のパワーバランスが変わり、安倍元首相など経済成長や脱デフレ完遂を重視する政治家の声が小さくなり、自民党の経済政策運営が財政緊縮方向に転じるリスクが浮上するだろう。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ

ワールド

ベネズエラ沖で2隻目の石油タンカー拿捕、米が全面封

ワールド

トランプ氏関連資料、司法省サイトから削除か エプス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story