コラム

中国への怒りを煽るトランプの再選戦略の危うさ

2020年05月20日(水)17時20分

にもかかわらず、トランプ政権がウイルスの発生源にばかりこだわり、そのことを理由に中国に攻撃の矛先を向ける政治的動機は明らかだ。

アメリカは一国で全世界の感染者と死亡者の3分の1近くを出しており、トランプ政権はこのウイルスに対して世界でもっとも無能だったということを証明してしまっている。しかも5月に発表された失業率は14.7%と、1948年以来最悪の水準に達し、トランプ政権に対する支持を支えてきた経済も新型コロナウイルスの流行のせいでガタガタである。

ふつうに考えればトランプ大統領が今年秋の大統領選挙で再選されることなどありえないように思われるが、たまたまウイルスが最初に動物から人間に伝染したのが中国であったことを利用すれば、この危機を逆に自らに対する政治的な追い風に転化できることにトランプ氏は本能的に気づいた。

トランプ政権は発足以来、貿易戦争を発動するなど中国に対する敵対機運をあおってきたが、この新型コロナウイルスがあたかも中国がアメリカに対して放ったミサイルであるかのように仕立て上げれば、国民の恨みの矛先を中国に向かわせることができる。そして、自分が「中国ウイルス」との戦いを先導する将軍のようにふるまえば、国民の支持をかえって高めることができると踏んでいるのである。

武漢での感染爆発を招いた気の緩み

もちろん中国にも失策があった。

昨年12月末に武漢で原因不明の肺炎が発生した時の初動の対応は必ずしも失敗だったとは思わない。現に湖北省以外の中国各地や台湾、香港などはすぐに「SARSの再来か!?」と身構えて、1月初めには対応策をとった。その結果、これらの地域では被害を最小限に食い止めることができた。湖北省以外の中国大陸の死者数は121人、台湾は6人、香港は4人にとどまった。

問題はむしろ1月9日に肺炎の原因が新型コロナウイルスであることが明らかとなり、そのゲノムが解読された以降の対応にあった。この時にゲノム解読の情報と併せて、感染者の多くが軽症だとか、人から人には感染しないという情報が中国の中央テレビなどを通じて拡散され、人々の警戒心が緩んでしまった。そこから1月20日に国を挙げて感染防止に全力をあげることを決定するまでの10日間に武漢で感染が一気に広まってしまったのだ。

しかし、この失策に対する代償はすでに中国自身が8万3000人近くの患者と4634人の死者という形で支払っている。中国はまた、新型コロナウイルスに関する研究、他国に対する医療チームの派遣、マスクや医療用防護具の支援、そして5月18日に発表された世界保健機関(WHO)に対する20億ドルの支援といった形で、世界に迷惑をかけたことの償いを果たそうとしている。ただし、中国の一部の識者やメディアがそうした支援活動を「人類に対する貢献だ」と声高に喧伝するのはかえって逆効果であるが。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

スイス・スキーリゾートのバーで爆発、約40人死亡・

ワールド

台湾総統「26年は重要な年」、主権断固守り防衛力強

ワールド

再送トランプ氏、シカゴやLAなどから州兵撤退表明 

ビジネス

ビットコイン、2022年以来の年間下落 最高値更新
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 2
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    「断食」が細胞を救う...ファスティングの最大効果と…
  • 9
    日本人の「休むと迷惑」という罪悪感は、義務教育が…
  • 10
    米中関係は安定、日中関係は悪化...習近平政権の本当…
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 9
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 10
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story