コラム

繰り返される日本の失敗パターン

2020年05月02日(土)17時15分

しかし、新型コロナウイルスの強い感染性を考えると、毎日発表される統計に何よりも求められるのは速報性である。統計が遅ければ、緊急事態宣言を出すタイミングが遅れるなどさまざまな問題が起きる。統計の正確性を高めるための「突合作業」はもちろん必要なことではあろうが、それは確認作業が終わったら統計を修正すればいいことで、確認できていない死者数を計上しないというのでは速報性を大きく損なってしまう。

maruyama20200502093302.jpg

緊急事態宣言が出たこの重要局面で厚生労働省はいったいなぜ「突合作業」に時間をかける愚を犯したのか。その理由は日本の死者数のグラフに韓国の死者数を重ねるとなんとなく想像できる(図2)。この時期には、日本の死者数が韓国の死者数に迫っていたのだ。おそらく厚生労働省は日本の死者数が韓国を超えるのを避けたかったのである。しかし、都道府県が発表する死者数を隠すわけにもいかないので、「突合作業」に時間をかけることによって国全体の死者数を見かけ上少なくした。そしてこの数字はWHOにもそのまま報告されたのでWHOのレポートでも日本の死者数はまだ韓国よりだいぶ少ないように報告されていた。

しかし、4月21日についにNHKが韓国超えの死者数を発表してしまった。厚生労働省もついに観念し、翌日には統計上の死者数を一気に91名も増やした。

これ以外にも、「クラスター潰し」という当初はうまくいっていた感染拡大防止の戦略に固執し、感染の急拡大という次の局面に対応する戦略が準備されていなかったなど、旧日本軍の失敗パターンを想起させる事例はまだまだある。ただし戦前との重要な違いは、現在ではこうして日本政府の失敗を批判する言論の自由があることである。もっとも、安倍首相と親しいある評論家が、厚生労働省の戦略に批判的なテレビ番組に対して電波使用を停止すべきだなどと言い出した。仮にそんなことになれば、日本政府の失敗を止めるものはもう何もなくなってしまう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ和平近いとの判断は時期尚早=ロシア大統領

ワールド

香港北部の高層複合アパートで火災、4人死亡 建物内

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し

ビジネス

ドイツの歳出拡大、景気回復の布石に=IMF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story