コラム

アメリカの鉄鋼・アルミ輸入制限に日本はどう対処すべきか

2018年04月05日(木)13時20分

なぜ日本が除外されなかったのかに関して、日本の新聞やテレビは一様に、「アメリカはこの課税をテコとして日本と自由貿易協定(FTA)を結びたいのだ」という解釈を示した。ただ、そうすると日本と同じくアメリカとFTAを結んでいないEU、ブラジル、アルゼンチンが除外されていることに対する説明がつかない。

どうもこの解釈は、本当は恋人が心変わりしてしまったのに、「彼が私にこんな意地悪をするのは、きっと私を愛しているからなのね」と思い込もうとしている可哀想な女性みたいである。要するにアメリカ(トランプ大統領)の日本に対する感情が冷めていることを直視しない、おめでたい解釈なのではないだろうか。

実際にトランプ大統領自身が鉄鋼・アルミに対する課税についてどう説明したかというと、「日本の安倍首相はいい奴で、友達なんだけど、彼はニヤニヤしながら、長い間アメリカさんにはいい思いをさせてもらったぜ、と思っているのさ。でもそんな日々も今日で終わりだ」

つまり、彼の頭の中には、安倍首相がいかに親しくしてくれても、日本はアメリカに貿易赤字をもたらす悪い奴、という固定観念が牢固として居座っており、今回の鉄鋼・アルミ課税で日本を除外しないのは当然のことだと考えていることがわかる。

安全保障は表向きの口実

このトランプ大統領の発言からみると、要するに安全保障のためというのは口実にすぎず、彼はとにかくアメリカに貿易赤字をもたらす国を何とかして叩きたいだけのようである。

そういう観点から再び先ほどの表をみると、二国間貿易でアメリカ側が赤字である相手国は、特殊な事情(EUは手ごわい、韓国はFTA見直しに応じた、カナダとメキシコは隣国)がなければ課税していることがわかる。

この先日本を待っているものは、FTAを結んでウィン・ウィンの関係を目指しましょう、なんていう暖かい交渉ではなく、アメリカの対日貿易赤字を減らすために日本はアメリカ車を10万台輸入しろ、といったたぐいのあからさまな要求だと思えてならない。

いくらなんでもそんな無茶な要求がありうるだろうか、と思う人も多いだろう。だが、日米通商摩擦が燃え上がっていた1994年2月、アメリカの携帯電話メーカー、モトローラ社はKDDIの前身であるIDOに対して、アメリカ政府の対日圧力を背景に「22万5000台の携帯電話機を買え」と要求したことがある。IDOがそれを拒否したところ、3日後にアメリカ政府は日本が不公正貿易を行っているとして制裁を発表した。

トランプ大統領のなかでは、あの時代の日本観が今も変わっていない。だとすれば、あの時代のような無体な要求が飛び出してくる可能性が高いように思う。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、世界各地の大使館を閉鎖 対イラン攻撃開

ワールド

日米首脳が電話会談、石破首相「米関税に関する閣僚協

ワールド

政府、骨太方針を閣議決定 「成長型経済」実現へ不退

ワールド

トランプ氏、イランに核合意促す 「虐殺終わらせる時
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    【動画あり】242人を乗せたエア・インディア機が離陸…
  • 7
    【クイズ】今日は満月...6月の満月が「ストロベリー…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    ゴミ、糞便、病原菌、死体、犯罪組織...米政権の「密…
  • 10
    【クイズ】2010~20年にかけて、世界で1番「信者が増…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 6
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 7
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 8
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 9
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story