コラム

シャープ買収で電子立国ニッポンは終わるのか

2016年04月01日(金)17時30分

栄光はなぜ過去形になってしまったのか(秋葉原の電気街、2013年) Toru Hanai-REUTERS

 鴻海によるシャープの買収が3月30日に決まりました。同じ日に東芝も冷蔵庫、洗濯機などの白物家電事業を中国の家電大手の美的集団に537億円で売却することを決めました。いずれも日本を代表する家電ブランドであり、私の自宅でも少なからずお世話になってきました。以前にこのコラム(「シャープを危機から救うのは誰か」)で書きましたように、日本の電機メーカーが築き上げてきた資産(知的財産や人材)を再び活性化するには合併のシナジーが期待できる相手に買収してもらうのが一番です。東芝と美的集団は中国でのエアコン用コンプレッサーの合弁事業を成功させるなど長年の協力関係がありますので、白物家電事業の嫁ぎ先としては一番信頼のおける相手だったのだろうと思います。

【参考記事】外資による「乗っ取り」は日本企業が立ち直るチャンス

 ただ、「これでよかった、いままでの蓄積を生かす最良の方法はこれしかない」と思う反面、かつて日本の家電・エレクトロニクス産業は強いのが当たり前で、「電子立国」をも自任していたのが、いまや代表的な企業が軒並み構造的な経営不振に陥り、粉飾決算にも手を染めた挙げ句に、中国・台湾の企業に身売りするまでに落ちぶれたのには寂しさを感じると同時に、「なぜだ」という思いを禁じ得ません。

 もっとも、「なぜだ」という問いに対して、すでに専門家たちが何冊もの本を出しており、本コラムの編集者からも今さら私の説など誰も読みたくないだろうと言われております。それでも敢えて一点に絞って私の考えを書きたいと思いますので、しばしお付き合いください。

 この問いに対するジャーナリストたちの回答、例えば井上久男『メイド・イン・ジャパン 驕りの代償』(NHK出版、2013年)や最近出た日本経済新聞編『シャープ崩壊 名門企業を壊したのは誰か』(日本経済新聞出版社、2016年)は、煎じ詰めれば「経営者が悪い」というものです。後者はシャープの歴代社長間の抗争を描いていて面白かったのですが、ただ抗争は経営状況悪化の原因というよりも結果だと思いますので、そもそもなぜ経営が傾いたのかについて明確な答えは得られませんでした。

【参考記事】シャープ買収を目指す鴻海の異才・郭台銘は「炎上王」だった

「経営者が悪かった」と決めつける前に

 トヨタ式生産方式の父である大野耐一は何かトラブルが起きたときに「なぜ」を5回繰り返しなさい、と説きましたが、ジャーナリストたちの回答が物足りないのは、「経営者が悪い」という回答が1回目の「なぜ」に対するものではなく、2回目、3回目の「なぜ」に対する回答だからです。

 もし、経営不振の理由が経営者の横領や背任にあるならばともかく、「経営者が悪い」という中身が、何らかの経営上の決断をしたことやしなかったことにあるのだとすれば、経営不振の原因は、という1回目の「なぜ」に対する回答としては、どのような決断が良くなかったのか、どのような決断が欠けていたのかを言ってほしいところです。その指摘なしに、ただ経営者が悪いというのでは、結局経営者が良ければなんでも良きに取りはからってくれるだろう、という単なるスーパーマン待望論になってしまいます。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の昨年資産報告書、暗号資産などで6億ドル

ワールド

イラン、イスラエルとの停戦交渉拒否 仲介国に表明=

ワールド

G7、中東情勢が最重要議題に 緊張緩和求める共同声

ワールド

トランプ氏、イスラエルのハメネイ師殺害計画を却下=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story