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「事件の起こる場所には共通点がある」犯罪機会論を構成する諸理論
彼女によると、都市の安全を守るのは街路であり、街路の安全を守るのは「街路への視線」だという。そして、①視線を注ぐべき公共の場所と視線を注ぐべきではない私的な場所が明確に区別され、②路上が見える窓や道路沿いの店がたくさんあり、③近所付き合いによって住民の多くが見て見ぬふりをしないようになっていれば、「街路への視線」は十分に確保されると主張した。
この主張には、確かに犯罪機会論の二大要素である「領域性(入りにくさ)」と「監視性(見えやすさ)」が含まれている。犯罪学者でもないのに、ジェイコブズが犯罪発生のメカニズムにいち早く気づくとは驚きだ。いやむしろ、犯罪の専門家ではなかったからこそ、当時の常識だった犯罪原因論にとらわれることなく、街の景色が放つメッセージを素直に受け止められたのかもしれない。
彼女の予見通り、「住宅の高層化」の象徴であったセントルイスのプルーイット・アイゴー団地は犯罪の巣と化し、爆破解体されてしまった。その惨状を目撃した建築家オスカー・ニューマンは、ニューヨーク大学に移った後、1972年に『まもりやすい住空間──都市設計による犯罪防止』(邦訳・鹿島出版会)を著した。ジェイコブズが都市景観の中に見出した防犯の要素は、ニューマンによって防犯建築の手法へと具体化されたわけだ。
この「防御可能な空間」の理論からスピンオフしたのが「防犯環境設計」だ。もっとも、防犯環境設計という言葉を作り出したのは、ニューマンが前述書を著す前年の1971年に、この言葉を書名に使ったフロリダ州立大学のレイ・ジェフリーである。
イギリス生まれの状況的犯罪予防
アメリカで防犯環境設計が産声を上げたころ、イギリスでも犯罪機会論が芽を吹いた。その中心にいたのが、英内務省の研究官ロナルド・クラークだ。クラークらの研究は、1976年に英内務省の報告書『機会としての犯罪』として実を結んだ。これが「状況的犯罪予防」の発端である。
この基礎には、アメリカのノーベル賞経済学者ゲーリー・ベッカーの「合理的選択理論」がある。「犯行による利益と損失を計算し、その結果に基づいて合理的に選んだ選択肢が犯罪」という視点から、クラークらは、犯行のコストやリスクを高めたり、犯行のメリットを少なくしたりする方策の体系化に取り組み、1980年に英内務省の報告書『デザインによる防犯』(邦訳なし)を出版した。
イギリス生まれの状況的犯罪予防は、五つの手法から構成されている。すなわち、①犯行を難しくすること(対象物の強化など)、②捕まりやすくすること、③犯行の見返りを少なくすること、④挑発しないこと、⑤言い訳しにくくすることだ。
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