コラム

ベルギーの連続テロで非常事態に入ったテロ主戦場・欧州

2016年03月31日(木)18時48分

パリでエッフェル塔の周囲を警戒するフランス軍兵士(3月30日)Philippe Wojazer-REUTERS

 死者32人、負傷者340人を出したベルギーのブリュッセル国際空港と地下鉄マルベーク駅の連続テロは、欧州が「非常事態」に入っている重い現実を私たちに突き付けている。欧州連合(EU)とトルコの難民対策合意(3月18日)を受け、トルコとギリシャの現地取材を終え、29、30日の両日、ブリュッセルに入った。

 30日、EU・インド首脳会議に出席したインドの首相モディがマルベーク駅のテロ現場で白い花輪を手向け、約1分の黙祷を捧げた。白バイの隊列がサイレンを鳴り響かせて先導する。道路は閉鎖され、2台の大型バスが狙撃を阻む「壁」を築くまで、モディは車から降りてこなかった。ブリュッセルの地下鉄駅や街中に、自動小銃で武装した治安部隊がテロを警戒して展開している。

kimura16331-2.jpg
ブリュッセルの地下鉄駅でテロ犠牲者に花を手向けるインドのモディ首相 Masato Kimura

 治安部隊にカメラを向けると、呼びつけられて身分証明書の提示を求められる。「プレスだ」と説明しても「何のために写真を撮っているんだ」としつこく詰問される。「テロリストの温床」と批判を浴びているブリュッセルのモレンビークを再び訪れたが、昨年11月のパリ同時多発テロ発生直後のような白人社会とイスラム系地域社会の和解を呼びかける温もりはまったく感じられなかった。

【参考記事】ベルギー「テロリストの温床」の街

 週末には反イスラムを声高に叫ぶフーリガンがモレンビークに押し寄せた。悲しいことに、西欧とイスラムの溝が広がりつつある。空港手前でバスを降り、タクシーを拾って近くまで行こうと試みた。タクシー運転手は「空港は閉鎖されている。何度、言ったら分かるんだ。近づけない」と声を荒げ、Uターンして急に車のアクセルを踏み込んだ。ブリュッセル全体がギスギスしている。

kimura160331-1.jpg
ブリュッセルの街頭を警戒する治安部隊 Masato Kimura

 フランスに続いてベルギーも「非常事態」に入ったと言って良い。パリ同時多発テロでは旧ソ連製自動小銃「カラシニコフ(AK-47)」が使用されたが、今回使われたのは「サタンの母」と呼ばれる殺傷能力の高い爆薬「TATP(過酸化アセトン)」のみだ。過激派組織ISはAK-47と自爆ベストを併用する都市襲撃(ムンバイ)型テロから、2005年のロンドン同時爆破テロ型の自爆テロ戦法に逆戻りした。

シリアやイラクに2万7000人の外国人兵士

 パリ同時多発テロ唯一の生き残り、サラ・アブデスラム容疑者(26)が18日にモレンベークで逮捕されるなど、フランスとベルギーのテロ分子への包囲網が次第に狭められ、都市襲撃型テロの実行は難しくなっていたのだろうか。

 TATPは殺傷能力が高いものの、マニキュア除光液の主成分アセトン、殺菌剤として使われる過酸化水素水などの市販薬で製造できるため、「台所爆弾」とも呼ばれる。アセトンや過酸化水素水、硫酸、塩酸などを混ぜ合わせれば白い結晶ができる。その粉末に起爆装置として花火用発火装置を装着すれば、強烈な手製爆弾の出来上がりだ。

 空港ロビーや地下鉄、劇場、サッカーのスタジアムなど不特定多数の人が集まるソフトターゲットを狙ってTATPを使った自爆テロを実行されると、未然に防ぐのは難しい。しかもシリア内戦が始まってからシリアやイラクに渡航した欧米諸国や中東などの外国人兵士は2万7千人にのぼり、その一部が欧州に回帰し始めている。

【参考記事】「シリア帰り」の若者が欧州を脅かす

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏との会談は「10点満点」、トランプ大統領

ワールド

中国が台湾巡り行動するとは考えていない=トランプ米

ワールド

アングル:モザンビークの違法採掘、一攫千金の代償は

ワールド

トランプ氏「非常に生産的」、合意には至らず プーチ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 5
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 8
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 9
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 10
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story