コラム

高橋洋一vs.田中秀明「統合政府論」バトルを投資家視点で見ると

2016年12月06日(火)18時38分

plusphoto-iStock.

 経済学者の高橋洋一氏と田中秀明氏が、日本の政府債務問題について論争を繰り広げている。当初は、巨額の政府債務をめぐる是非の話だったが、そのうち、日銀の当座預金に債務性はあるのかという、かなりテクニカルな問題に入り込んでしまった。多くの人は「何だかよく分からない」という感想を持ったのではないだろうか。一連の議論を投資家という観点から整理してみたい。

当座預金に債務性はあるのか?

 論争の発端となったのは、11月1日に田中秀明氏がダイヤモンドオンラインに掲載した「『日本は借金が巨額でも資産があるから大丈夫』という虚構」と題するコラムである。この中で田中氏は、政府と日銀のバランスシートを統合すれば債務を大幅に圧縮できるという考え方(いわゆる統合政府論)について批判。仮に統合政府で債務を相殺しても、全体で見た負債は減らないと主張した。

 田中氏は高橋氏を名指しで批判したわけではないが、田中氏のコラムを受けて、かねてから統合政府を主張していた高橋氏は、自身のコラムに対する批判だろうということで反論を掲載。その後、何度か双方で再反論を掲載するという状況になっている。

 論争というのは、しばしば争点がずれていくものだが、両氏の場合もそれに近い。当初は、過大な政府債務の是非というニュアンスが強かったが、そのうち、論点は狭い範囲に収束し、最終的には、日銀当座預金の債務性の有無という非常にテクニカルな話になってしまった。

 全体の流れを見ると、高橋氏の反論を受けた田中氏が、議論の対象を広げすぎてしまい、これが論点をぼやけさせる結果になった印象は否めない。結果として、日銀当座預金の債務性の有無というところに収束してしまった格好だ。

 ところで、日銀当座預金に債務性があるのかという少々ややこしい話。経済学的・財政学的にはともかく、投資家の立場で見ると、正直「どうでもよい」と思えてしまう部分が少なくない。

 債務性という言葉を使うか使わないかは別にして、統合政府にして政府と日銀のバランスシートを統合した場合、政府債務は貨幣(当座預金という形になっているが、投資家は貨幣そのものと認識する)に置き換わるだけである。つまり、債務を貨幣化したに過ぎず、実態としては、それ以上でもそれ以下でもないからだ。もう少し詳しく解説してみよう。

統合政府にしても負債が現金に変わるだけ

 政府は現在900兆円ほどの国債を発行しており、日銀は2016年11月時点において約400兆円の国債を保有している。政府にとって国債は負債なので借金ということになる。一方、日銀のバランスシート(貸借対照表)では発行した通貨は負債とみなされるので、国債は資産側に、日銀券や当座預金は負債側にそれぞれ計上される。

 高橋氏が主張するように、政府と日銀のバランスシートを統合すれば、政府がもつ負債900兆円のうち、日銀が保有する400兆円分の国債は相殺され、政府の負債は実質的に500兆円に減少する。理屈上は、政府が持つ負債をすべて日銀が買い取れば、政府の借金をゼロにすることも可能だ。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

24年の独成長率は0.3%に 政府が小幅上方修正=

ビジネス

ノルウェー政府系ファンド、ゴールドマン会長・CEO

ビジネス

米株「恐怖指数」が10月以来の高水準、米利下げや中

ビジネス

中国大手銀5行、25年までに損失吸収資本2210億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story