コラム

消費税再延期も財政出動も意味なし? サミットでハシゴを外された日本

2016年05月31日(火)06時12分

 今年度からは財政黒字が発生しており、政府債務の増大は経済にとってマイナスという認識すら持ち始めている可能性がある。こうしたドイツの基本的な価値観は、ギリシャやスペインなど債務問題を抱えた国に対する苛烈なスタンスからも明らかといってよいだろう。

 そうなってくると、先進国で突出した財政赤字を抱える日本は微妙な存在ということになる。ドイツにとってみれば、日本が行うべきなのは、財政再建であって財政出動ではない。いくら安倍首相が説得したところで、こうしたドイツのスタンスは変わらない可能性が高い。

 こうしたドイツの姿勢に加え、サミットが近づくにつれ、世界経済をめぐる状況も大きく変わってきた。抜本的な問題が解決されたわけではないものの、資源価格の下落が一服し、中国の景気失速について、ある程度、底入れの見通しが立ってきたことから、悲観論が急激に後退してきたのである。

 当初は財政出動を模索していた米国もあまり関心を寄せなくなり、財政出動を力説するのは、唯一マイナス成長の瀬戸際に立たされている日本だけという状況になってしまった。

 サミットでの議案は、開催前に事務方の折衝でほぼ内容を固めることになっており、本会議の場で突っ込んだやり取りが行われることは通常ない。協調した財政出動が盛り込まれないことは、すでに分かっていたことであり、実際、首脳宣言でも「財政出動」ではなく「財政戦略」という曖昧な文言に書き換えられた。また、債務残高のGDP比を持続可能な水準にするという、日本にとって不都合な文言はそのまま残されている。

クルーグマン氏のオフレコ破りが示唆していた今回の筋書き

 日本は今回のサミットで完全にハシゴを外された格好となってしまった。それはあくまで結果論だと思われるかもしれないが、必ずしもそうとは言い切れない。日本がドイツを説得できない可能性は、安倍首相が訪欧したゴールデンウィークより、さらに以前から予見されていたからである。

 安倍首相は、消費税再延期の地ならしをする目的で、3月に著名な経済学者などを相次いで官邸に招き、会談を行っている。その中で、ポール・クルーグマン教授との会談内容をクルーグマン氏本人が公開してしまうというハプニングがあった。

【参考記事】スティグリッツ教授は、本当は安倍首相にどんな提言をしたのか?
【参考記事】税制論議をゆがめる安倍政権の「拝外」主義

 クルーグマン氏によると、安倍首相は「オフレコで」とクギを刺した上で「サミットを前に、ドイツに対して財政出動を説得したい」と発言し、「そのためによいアイデアはないか」と質問したそうである。クルーグマン氏は、一方的にオフレコを要請され、国内政治向けのパフォーマンスに利用されたことを不快に思ったようで「メルケル氏を説得するのは難しい」と安倍氏の質問を一蹴した上で、「華麗な外交は私の専門ではない」と批判的な発言を行っている。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドルが急落、156円後半から154円後半まで約2円

ビジネス

為替、基調的物価に無視できない影響なら政策の判断材

ビジネス

訂正野村HD、1―3月期純利益は前年比7.7倍 全

ビジネス

村田製の今期4割の営業増益予想、電池事業で前年に5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story