コラム

安倍暗殺が起きたのは日本が「指示待ち」で「暫定的」な国家だから

2022年07月27日(水)17時29分

現場力のなさを露呈した安倍元首相の警護体制(7月8日) TAKENOBU NAKAJIMA VIA REUTERS

<現代の日本人はまだ自分たちをまとめる原則を持っておらず私権のカラに閉じ籠もっている>

安倍元首相銃撃事件を見ていると、「現場力の低下」が顕著だ。警察官は警護で立っているが、肝心の元首相の安全確保を合目的的に考えていない。警護の人数が少なくても、前後左右に目を配る人員の配置くらいは現場の判断でできたはずだ。

奈良県は安全だから訓練が不足していたからか、上からの指示がないと動かない存在に堕していたのか――。格好を付けて任務を果たしたつもり、は悪しき官僚主義の最たるものだ。

日本では毎日殺人やひどい事故が起きているのに、なぜか「日本は安全」マインドが染み着いている。

筆者の家の近くでは、信号のない横断歩道を左右も見ずに渡る歩行者が引きも切らず、何十人もの人間を乗せたバスがその前で立ち往生している。規則のとおりなのだろうが、バスや公共性の高い車両には歩行者が自分の判断で譲るべきではないか。

戦前はやたら「国家」が威張って惨めな敗戦に至ったが、戦後はその反動で私権が幅を利かす。「個人情報」というと腫れ物に触るような感じだが、アメリカでもヨーロッパでもそういう言葉を日常的には聞かない。

欧米では個人の生活は不可侵で、フィッシングされ得る情報はネットでやりとりしないのが常識のため、(本来の意味を超越した日本の)「個人情報教」のようなドグマを必要としていない。個人の権利が確立しているデンマークではマイナンバーのシステムがずっと以前から普及している。

なぜ日本はこうなのか。つらつら考えてみると、パブリック(公共)という言葉に行き当たる。

西欧ではルネサンスのヒューマニズム(「人道主義」よりも「人間中心主義」と訳したほうが、その意味に近い)以来、人間は個人として一種の主権を持つようになった。しかし自分の権利だけでなく、他者の権利も尊重する。主権を持つ個人が集まって社会全体のことを平和裏に決めるのが、民主主義というメカニズムである。

この場合の無数の他者、これを個人に対置し、ひっくるめてパブリックと言う。パブリックと個人は双方の権利を尊重し、義務を果たす。理想的に言えばこうなっているのだが、日本はここまで行っていない。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story