コラム

なぜロシアは今も「苦難のロシア」であり続けているのか

2022年06月04日(土)17時29分

それから実に300年。ウラルの向こうのイスラムやアジア系勢力と騙だまし騙され、殺し殺されながら、これを次々に従えたロシアは、衰退期にあった中国清朝の版図も侵食。1860年の北京条約では今のウラジオストクとその周辺、広大な沿海地方を手に入れて、バルト海から太平洋にまで至る大帝国をつくり上げた。 

ソ連が崩壊した後の今でも、ロシアの東から西の端までは11の標準時がある。地球を半周するに等しい。モスクワで役人が出勤してウラジオストクの役所に電話しても、向こうはもう退庁していて連絡ができない。予算を送金しても、銀行が途中で資金を止めて運用益を上げようとする。資金が現地に着いても、今度は横領されることがある。

つまり領土が大きく、気ままに振る舞う人間が多いロシアは、いつも監視の目を光らせ、上から力で抑え付けておかないと統治不能なのである。経済が回っていれば、人間もそれほど勝手なことはしないだろう。しかし経済が「回っていない」広大な領土は、権威主義=専制でないと統治できない。

「権威主義」と言われても、普通の日本人には何のことか分かるまい。日本を代表する服飾デザイナーの1人、故山本寛斎氏がモスクワのクレムリン前、赤の広場で大規模なショーをやった1993年、筆者は大使館員としてモスクワ市庁での準備会議に陪席した。副市長が主宰し、警備、消防関係などが出席するその会議の雰囲気は鉄のように冷たく張り詰め、厳しかった。

しかしこれに近いことは、日米やヨーロッパの企業・政府でもある。組織は軍隊のようなもので、上からの指令がきちんと実行されないと話にならない。ただ日米欧の企業や政府では上に立つ者は手続きを踏んで選ばれ、規則や法律を守りながら動いている。

ユーラシアの大半の国のように、上に立つ者が選挙を操作してポストを維持し、公安警察を使って反対者を抑えるようになると、それはもう立派な権威主義である。そして、政府を批判すると職を失う、公安警察に逮捕されるなどの恐怖が社会に満ちてくると、これは単なる権威主義を超えて恐怖政治、専制政治になる。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナが水上ドローン攻撃、「影の船団」タンカー

ワールド

ノーベル平和賞マチャド氏、オスロに到着 授賞式に数

ワールド

プーチン氏、インドネシア大統領と会談 原子力部門で

ワールド

香港中銀が0.25%利下げ、米FRBに追随
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story