コラム

なぜ日本のワクチン接種は遅々として進まないのか

2021年05月15日(土)15時33分

世界では次々と進むワクチン接種だが(写真はイメージ)…… REUTERS/Dado Ruvic/Illustration

<感染爆発のインドにも及ばない接種スピードは「人間を幸福にしない日本というシステム」に原因がある>

この前、新聞を広げて驚いた。「ブータン、成人の9割(新型)コロナワクチン接種」の見出し。さすが「幸福度世界一」と言われる国だけのことはある。

そこで筆者の地元の市役所のウェブサイトを見ると、「85歳以上の方々の接種申し込みを(5月)7日から受け付けます」とある。

日本でワクチン接種を完了させた人の割合は0.8%で、インドの2.1%にも及ばない。昔、ある外国特派員が『人間を幸福にしない日本というシステム』という本を出し、当時外交官だった筆者はこの野郎と思ったが、やはりそれは本当だったのだ。

一体全体、どうしてこういうことになるのか......。政府は説明してくれない。そこで、断片的情報をこね合わせて、なぜこうなったか考えてみる。

まず、「技術大国」の日本でなぜ自前のワクチンが製造できないのか。答えは、ワクチンの開発と製造は、その手間と費用の割には、厚生労働省の承認を取れなかったり、感染の流行がすぐ終わってしまったりと、リスクが大き過ぎる。販売単価も大したものではないし、といったところだろう。

ならば、政府はなぜ外国製ワクチンをてきぱきと輸入できない? 政府の誰が、外国製薬企業の誰とどういう交渉をして、どんな契約を結んでいるのか、説明がない。

筆者は、新薬を日本に売り込む仕事をしているアメリカ人の話を聞いたことがある。日本では役人の力が強く審査過程が不透明、欧米に比べて不合理なほど長い時間がかかる、ということだった。

それがコロナ禍で、日本政府は外国企業にワクチンをお願いする立場に「落ちた」。それなのに厚生労働省は欧米企業の本社ではなく、話をしやすいその日本支社や代理人との交渉から始めた。

しかも、新型コロナワクチンを認可してもいない段階だから、しっかりした話にはならなかったはずだ。欧米企業の本社は、足元のアメリカ政府や欧州委員会からワクチン供給の催促を受けている。そこへ、買うのか買わないのかはっきりさせなかった日本が急に、閣僚や首相クラスで無理を頼んでくる。普段はわれわれのことを上から目線で扱ったのに──と、彼らは思っていることだろう。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアの対欧州ガス輸出、パイプライン経由は今年44

ビジネス

スウェーデン中銀、26年中は政策金利を1.75%に

ビジネス

中国、来年はより積極的なマクロ政策推進へ 習主席が

ワールド

プーチン氏、来年のウクライナ緩衝地帯拡大を命令=ロ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    日本人の「休むと迷惑」という罪悪感は、義務教育が…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story