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コラム:トランプ氏、局長解任で墓穴 利下げで市場味方にする好機逃す

2025年08月05日(火)11時28分

 トランプ米大統領(写真)が7月の雇用統計発表後に労働省労働統計局長の解任を命令したことは、独立機関に対する政治介入という構図が鮮明になっただけでなく、トランプ氏にとっては戦略的に大きな墓穴を掘ったと言える。7月13日、ワシントンで撮影(2025年 ロイター/Annabelle Gordon)

Jamie McGeever

[オーランド(米フロリダ州) 4日 ロイター] - トランプ米大統領が7月の雇用統計発表後に労働省労働統計局長の解任を命令したことは、独立機関に対する政治介入という構図が鮮明になっただけでなく、トランプ氏にとっては戦略的に大きな墓穴を掘ったと言える。

トランプ氏は過去半年にわたって米連邦準備理事会(FRB)、とりわけパウエルFRB議長を利下げしないことを理由に攻撃してきた。挙げ句の果てに、今回の雇用統計発表直前にはソーシャルメディア(SNS)でパウエル氏を「頑固な能なし」呼ばわりしている。

雇用統計は特に5、6月の非農業雇用者の伸びが計25万8000人も下方修正され、大方の予想よりも低調な内容だった。ゴールドマン・サックスによると、全米経済研究所(NBER)が景気後退期と判定した局面を除くと2カ月分の下方修正としては1968年以降最大だったという。

これは金融市場に劇的な反応を引き起こし、FRBの利下げ期待が跳ね上がったほか、2年国債利回りは1年ぶりの急低下を記録し、ドルは大幅安となった。

金利先物の値動きは、9月と12月に25ベーシスポイント(bp)の利下げが突然ほぼ確実視される展開になった。パウエル氏が7月30日の連邦公開市場委員会(FOMC)終了後の会見でタカ派姿勢を示し、年内利下げはないとの観測が広がった時点から180度の転換だ。

パウエル氏は「(利下げが)遅過ぎる」という一貫したトランプ氏の批判もにわかに根拠が増す様相になってきた。パウエル氏は主に労働市場が「しっかりしている」という理由で利下げに慎重な態度を維持してきたが、その労働市場はもはやパウエル氏の想定とはかけ離れている様子に見える。

そこでトランプ氏は「私が正しく、パウエル氏が間違っていた」と言うことができたのだ。

ところがトランプ氏は1日午後、何の証拠も示さず雇用統計が政治的に操作されているとして、マッケンターファー労働統計局長のクビを切ってしまった。

トランプ氏はせっかく市場が自分の考えに沿って利下げが必要だとの結論に達したと指摘するチャンスを生かすどころか、エコノミストやアナリスト、投資家を同氏への非難で一致団結させる事態を招いた。彼らが糾弾したのは、トランプ氏が自認する「自由世界の指導者」がいる国よりも、開発途上で政情が不安定な国で起こりがちな、恥知らずの政治的介入だ。

経済学者のフィル・シャトル氏は1日に「米国にとって暗黒の日がやってきた。これは最悪の新興国経済において最悪のポピュリストしかしない行為で、トランプ氏流に表現すれば(影響は)『どこまでも続く』」と記した。

<不確実性プレミアム>

雇用者数の伸びが歴史的な規模で修正されたことが、必ずしも基調的なデータ収集の欠陥を意味するわけではないという点を指摘することは大事だ。イェール大学予算研究所のアーニー・テデスキ氏が先週末にXで主張したように、これまでの非農業雇用者に関する労働統計局の最初の推計は時間の経過とともに正確性が低下するのではなく、高まっている。

労働統計局は雇用統計とともに物価統計も集計している以上、今後米国と恐らくは世界全体にとって最も重要なこれら2つのデータを巡る信頼性に重大な疑念が生じかねないことにも留意しなければならない。

「米国例外主義」の構成要素には、独立的な機関の専門家たちが文字通り独立性を保持しているので彼らの行動や分析結果はどのような内容であれ信頼に足るという前提が含まれている。

ところがトランプ氏からの労働統計局やFRB、その他政府機関への根拠なき攻撃は、政治的な動機に基づく判断を生み出し、政権に打撃を与え、米国自体の信頼を崩すだけだ。

外交問題評議会のレベッカ・パターソン上席研究員は「疑念が尾を引けば、投資家は米国資産保有に際してより高いリスクプレミアムを要求する。これは資産価値を左右する多くの要因の1つに過ぎないとはいえ、市場全般のリターンを制約するだろう」と話す。

折しもこの騒動と同時に、8日のFRBのクグラー理事退任に伴って、トランプ氏は来年5月に任期満了となるパウエル氏の後任議長含みで新理事を指名する機会を得る。誰が起用されるにしても、タカ派よりもハト派的な人物が指名されそうだ。

4月2日の「相互関税」公表以降、徐々に後退する方向にあった政策を巡る不確実性だが、足元で投資家の視野に再び大きな存在として浮かび上がっている。

(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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