アングル:急成長する欧州の防衛産業、限られた労働者の争奪戦に

チェコで働くパベル・チェシャル氏は、勤め先であるミサイルやドローンのエンジンを扱う企業がビジネスを倍に増やすことは十分に可能だと考えている。しかし、それは人材を確保できればの話だ。チェコ・ベルカビテシュのPBS社の工場で6日撮影(2025年 ロイター/Eva Korinkova)
Michael Kahn Christoph Steitz Dominique Patton
[ベルカビテシュ(チェコ)/フランクフルト/パリ 27日 ロイター] - チェコで働くパベル・チェシャル氏は、勤め先であるミサイルやドローンのエンジンを扱う企業がビジネスを倍に増やすことは十分に可能だと考えている。しかし、それは人材を確保できればの話だ。
欧州の多くの防衛関連企業も同じ悩みを抱えている。トランプ米大統領が欧州に対し、米国に過度に依存しないよう警告したことを受け、欧州各国の政府は弾薬、戦車、その他の兵器への支出を増額している。
チェシャル氏はチェコのPBSグループの事業担当副社長だ。プラハから車で2時間のベルカビテシュにある同社の生産施設では、約800人が勤務している。同氏はさらなる人材を探している。
「市場に人材さえいればすぐに雇うだろう。受け入れるためのビジネスはあるのだから」
同社は昨年賃金を8%引き上げ、2025年にはさらに10%引き上げて優秀な人材を確保したい考えだ。
欧州連合(EU)による8000億ユーロ(約130兆円)規模の防衛投資策は、今後10年間で数十万人の雇用を創出すると見込まれるが、専門技能を持つAIエンジニア、データサイエンティスト、溶接工、機械工といった人材は不足している。
ロイターが取材した10以上の企業、人材紹介会社、労働者らによると、企業は賃金と福利厚生などの待遇を引き上げ、他社から人材を引き抜き、地元の学生や学校にアプローチするなど、さまざまな方法で人材を確保しようとしている。
PBSグループは自社の訓練学校を設立し、自ら人材を育てている。同社の製造拠点の責任者、ミラン・マチョラン氏は、「学校や大学と協力するだけでなく、自社の訓練学校で人材を育てている」と語った。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、EUの軍事調達支出の78%が域外に流出し、米国だけで63%を占めている。理由のひとつは、欧州の防衛産業が各国間で分断されているためだ。EUは調達の大部分を欧州域内に移行する計画で、新たな「スキル連合」戦略により防衛分野の人材不足解消を目指している。
一方、ロシアでは潤沢な資金を持つ軍需産業による採用が、他分野での人材不足を引き起こしている。
<競争力への懸念>
ウクライナで使用されているカエサル自走榴弾砲を製造している仏独防衛企業KNDSは、フランス中央部のブールジュの主要生産拠点でシフトを拡大し、採用を年間50%増加させている。
マネージングディレクター、ニコラス・シャムシー氏は、賃金を無制限に引き上げるには限界があると指摘した。
「わたしたちは戦時経済の中にいるが、同時に今は経済戦争でもある。賃金をむやみに上げれば、競争力が低下する可能性がある」
取材した関係者らは、自律兵器システムを開発できるAI専門家や、小規模で製造される製品の専門知識を持つ人々が特に求められていると述べた。
KNDSの広報担当者のガブリエル・マッソーニ氏は、「自走榴弾砲をプジョー308と同じように生産するわけはない。非常に特定の技能とノウハウを持っている必要があり、そのような人材は労働市場で希少だ」と語った。
コンサルティング会社のケアニーは、現在の北大西洋条約機構(NATO)の目標である防衛支出GDP比2%から3%へ増加する場合、欧州で最大76万人の新しい熟練労働者を必要とすると報告書で述べた。
欧州最大の弾薬メーカーであるラインメタル はロイターに対し、28年までに約29%、人数にして最大9000人の雇用増加を計画しており、主に製品開発者、エンジニア、溶接工、電子技術者を採用する予定だという。
潜水艦とフリゲート艦を建造するティッセンクルップ・マリン・システムズは、ドイツ北部のヴィスマールの造船所で1500人の労働者を募集している。イタリアの防衛大手レオナルド も展示会などを回っているものの、数学、IT、科学の訓練を受けたSTEM専門家の不足が課題だという見解を示している。
同社は「過去には安定した質の高い契約を提示すれば十分だったが、今の若者はこの産業よりもほかのセクターを好む」と述べ、大学や専門学校にも目を向けていると語った。
パリに拠点を置く採用企業「ヘッドハンティング・ファクトリー」のゼネラルマネージャー、ゴードフロイ・ジョルダン氏は、国内の4000社の中小防衛産業のサプライヤーのために、メカニック、システムエンジニア、技術者を専門的に探している。
「我々がターゲットにしている人材は、ヘッドハンティングされた経験がなく、履歴書も持っていない」とジョルダン氏はロイターに語った。「我々が電話すると、彼らはまず詐欺を疑う」
「これは、資金の問題ではなく、人材の問題だ。必要なスキルを持つ人材が市場に存在していない」
<自動車業界労働者に需要>
自動車部品サプライヤー、コンチネンタル の閉鎖予定のギフォルン工場で25年間働いてきたエムルラ・カラカさんは、ラインメタルへの転職を考えている。ラインメタルは約50キロ北で工場を運営している。
しかし、プラスチック技術を専門とする機械オペレーターであり、3人の子供を持つ父親であるカラカさんは、3時間の通勤を避ける他の選択肢も検討している。
「25年間、私は5分で職場に到着できるというぜいたくを享受してきた」
自動車産業の苦境は、チェコの弾薬・砲弾メーカーSTVグループの200人以上の採用にプラスに働いているという。同グループのダビド・ハーク会長は、「自動車産業の状況が悪化する中で、長い間で初めて、わたしたちは人材を少し選ぶことができる状況にある」と語った。
独センサー・レーダーメーカーのヘンゾルトのオリバー・デーレ最高経営責任者(CEO)はロイターに対し、同社は自動車業界の労働者を歓迎していると語った。彼らはジャストインタイム生産方式に慣れているためだという。
「量産化、生産規模拡大を支援してくれる専門知識を得ることを期待している」と同CEOは語った。