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アングル:アフリカのコロナ犠牲者17万人超、予想を大幅に下回った理由

2025年03月15日(土)12時19分

2020年3月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が「パンデミック」(世界的な大流行)であると宣言された際、国際社会はアフリカに関して悲観的な予測を立てていたが――。写真は2020年4月、南アフリカのダーバン近郊で感染抑制のため、戸別訪問での検査中に子どもらに手洗いの方法を教える医療従事者(2025年 ロイター/Rogan Ward)

Bukola Adebayo Nita Bhalla Kim Harrisberg

[ラゴス/ナイロビ/ヨハネスブルク 11日 トムソン・ロイター財団] - 2020年3月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が「パンデミック」(世界的な大流行)であると宣言された際、国際社会はアフリカに関して悲観的な予測を立てていた。財源不足で設備の整わない医療体制が崩壊し、数百万人が死亡するだろうと。

同年4月、国連アフリカ経済委員会は、パンデミックの直接的な結果としてアフリカでは最大330万人が命を落とす可能性があると発表した。

5年たった今、世界保健機構(WHO)のデータによれば、アフリカで記録された新型コロナによる死者は17万5500人超にとどまった。世界全体の死亡者数700万人の2.5%にすぎない。

ナイジェリアのパンデミック対策の諮問委員会で委員長を務めたオイェワレ・トモリ氏は「初期の予測はいずれも、アフリカに関する深い科学的知見や研究に基づいたものではなかった」と振り返る。

「ケニアにおける炭疽(たんそ)病、ナイジェリアでのエボラ出血熱、ルワンダでのマールブルグ病やエムポックス(サル痘)に、アフリカの科学者がどのように対処してきたかを忘れていた。コロナ禍では国際的な支援もあったとはいえ、こうした疾病の感染拡大を抑制してきたのは、これら各国の専門知識だった」

アフリカ諸国で報告された感染者数や死者数については、正確性を巡って多少の懸念もある。

WHOは、アフリカ諸国ではリソース不足により欧州や米国に比べ検査件数が少ないと指摘しており、2022年の世界銀行による調査で、ケニアではコロナ禍による死者数が過小報告されていることが判明した。

だが複数の専門家は、アフリカは予想よりも、また他地域と比べてもコロナ禍にうまく対応したとみている。悲観的な予測がされていたのは、疾病感染拡大に関するアフリカの過去の経験、コロナ禍の際の厳格なロックダウン、人口構成の若さといった要素が見過ごされていたためだとの見方もある。

アフリカの公衆衛生専門家は、コロナ禍以前から、国境監視や接触追跡、ソーシャルディスタンス、患者隔離、さらには安全な葬儀の方法に至るまで経験を重ねていたとトモリ氏は言う。

<大陸規模の戦略>

アフリカ疾病管理予防センター(アフリカCDC)で科学・イノベーション総局の責任者を務めるモソカ・ファラー氏は、感染拡大に対処する鍵は、準備と迅速な診断能力だと語る。

2020年2月にアフリカ最初の感染者が確認される前から、アフリカCDCは域内諸国すべての保健担当大臣を招集して、大陸規模の戦略の策定を進めていた。

新型コロナウイルスを検査できる研究所がアフリカに2カ所しかないことが判明すると、ファラー氏は検体を海外に送付するのではなく、研究者らを南アフリカとセネガルに派遣して研修を受けさせた。

「西側諸国の人々は、アフリカには新型コロナを診断する技術がないため、検体を欧州に送るべきだと言っていた。だが私たちは拒否し、自分たちの検査能力を向上させようと決意した」とファラー氏は言う。

アフリカ行きの航空便が運行休止となり、海外で生産される医療用品を確保することが困難になったため、アフリカCDCでは検査キットと個人防護具(PPE)を大陸内で流通させるため、エチオピア航空、世界食糧計画(WFP)と協力したとファラー氏は語る。

さらに、稀少なワクチンやPPEの調達・購入に向けて、WHOやジャック・マー財団など慈善団体、さらにはアフリカ企業の連合組織からの支援を求めた。

ファラー氏によれば、ガーナでは深刻なPPE不足に対処するため、国内生産を開始した。

「埋葬もできないまま街中に多くの遺体が放置されるだろうなどという悲観的な予想を覆したのは、アフリカの人々が自らの状況をしっかり見据え、政府が協調的なアプローチをとったからだ」とファラー氏は言う。

<人口構成の有利さ>

コロナ禍の中、ケニアでカトリック救援事業会(CRS)の医療プログラムを率いたモーゼス・オリンダ氏は、他の要因も影響していると述べた。

「西側諸国に比べて、アフリカ諸国の多くでは、感染封じ込めの措置が厳格だった。若年人口も多く、地域社会への支援も充実している」とオリンダ氏は言う。

アフリカ諸国におけるロックダウン措置は世界でも指折りの厳しさで、住民を外出させまいとして警察が実力行使に及び、議論を招いたこともあった。

ケニアでの葬儀には数百人もの参列者が集まるのが普通だが、15人以上出席させないために警察が動員され、埋葬の儀式も簡略化された。

南アフリカでは兵士や警察官が街路や住宅を巡回し、パーティーや飲酒、あるいはタバコの販売まで取り締まった。いずれも、違反者は収監される可能性さえあった。

オリンダ氏によれば、村落地域であってもウイルスに関する住民の意識は高く、村民から保健当局に対して感染疑い症例の通報もあった。

オリンダ氏は、国際空港における監視は効果的だったが、疑いのある症例を追跡するため地域レベルで、より多くの資源を投入すべきだったと述べた。

さらに公衆衛生専門家は、サハラ砂漠以南のアフリカでは人口の70%が30歳未満であり、新型コロナウイルスに感染しにくかった点を指摘している。

ナイジェリアにおける新型コロナ抗体研究の第一人者でもあるトモリ氏は、ウイルスの感染は広がっていたが、発症する人はそこまで多くなかったことが研究で明らかになったと述べた。高齢者に比べて若者は免疫力が高いためだという。

米国立医学図書館の論文で発表された研究では、アフリカの人口の3分の2はほぼ無症状だったとしており、既知の症例数は少ないものの、複数の調査により免疫レベルの高さが判明しているという。

ファラー氏は、コロナ禍に際して最悪のシナリオには至らなかったとはいえ、医療体制の強化に向けて、特に村落地域におけるコミュニティーレベルでの疾病感染拡大の発見・対応という点で、アフリカ諸国の指導者にはまだやるべきことが残されていると話す。

これによって、局地的な疾病がエピデミック(流行病)へと拡大することを予防できるとファラー氏は言う。

ファラー氏は「医薬品と水、診断機器を備えた、もっと強力で利用しやすい一次医療センターを構築できるようになる必要がある。そうすれば、都市圏の病院に負担をかけることなく、住民が自分の村で治療を受けられるようになる」と話した。

(翻訳:エァクレーレン)

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