ニュース速報
ワールド

アングル:米議会の動向が影響、ケニアのHIV対策支援に不透明感

2024年01月27日(土)16時03分

 夫がエイズの合併症で2006年に死亡したとき、ミネ・ガチャウさんは自分もエイズウイルス(HIV)陽性であることを受け入れられていなかった。写真はケニア・ナイロビの病院で抗レトロウイルス薬を処方する薬剤師。2015年撮影(2024年 ロイター/Thomas Mukoya)

Daniel Kipchumba

[ナクル(ケニア) 22日 トムソン・ロイター財団] - 夫がエイズの合併症で2006年に死亡したとき、ミネ・ガチャウさんは自分もエイズウイルス(HIV)陽性であることを受け入れられていなかった。ケニア・リフト渓谷の街ナクルで暮らすガチャウさんは、友人や親戚に感染を知られるのを恐れていた。

亡夫とのあいだに生まれた幼い息子が検査でHIV陽性となり、抗レトロウイルス薬の治療を受けるようになって、ガチャウさんはようやく自分の命を救うための投薬治療に踏み切った。最初に陽性の診断を受けてから4年が過ぎていた。

ガチャウさんは、ナクルでエイズ関連の病気で亡くなった人々を追悼するキャンドルセレモニーに参列した。トムソン・ロイター財団の取材に、「(治療を受けなければ)私はとっくに死んで忘れられていただろう」と語る。

47歳のガチャウさんは、その後再婚してもう1人子どもを産んだ。子どものHIV検査の結果は陰性だった。現在では、妊産婦のために新生児へのHIV感染を防ぐ仕事をしている。

これまでにガチャウさんを含む約130万人のケニア国民が、2003年に当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領が開始し、それ以来5年ごとに更新されているプログラムに基づいてHIVおよびエイズの治療を受けた。

そのプログラムとは、「エイズ救済のための大統領緊急計画(PEFFAR)」。だが、ある変化が同プログラムの対象者を不安に陥れている。2023年、一部の共和党議員による抵抗を受け、米国政府が新たな資金拠出を単年度に限定したからだ。

5年間の更新に抵抗する議員らは、PEPFARの資金を受ける全ての非政府組織(NGO)に対して、人工中絶処置を推奨または提供することを禁止すべきだ、と主張した。

米国法では、こうしたプログラムの資金を人工中絶処置に流用することを禁じており、米国務省は、PEPFARでは人工中絶処置の提供や資金支援を行っていないと表明している。

だが、更新期間が短縮されたことは、ケニア内外でPEPFARの長期的な将来に対する懸念を引き起こしている。

「もし米国がPEPFAR支援からの撤退を決めれば、多くの子どもたちが孤児になる。HIV陽性の親が死んでしまうからだ」とガチャウさん。自身が受けた治療だけでなく、妊産婦支援という今の仕事もPEPFARに支えられている。

<確実な進捗>

国連共同エイズ計画(UNAIDS)の最新データによれば、ケニアのHIV感染者・エイズ患者は約140万人。だが有病率は過去20年間でほぼ半減し、2023年には3.7%にまで下がった。

アフリカ東部に位置するケニアでのHIV/AIDS撲滅に向けた取り組みにおいて、最大の支援国が米国だ。その資金は、ケニアが2025年の国連目標の達成に迫るうえで貢献してきた。

いわゆる「95-95-95」目標では、HIV陽性者の95%が自分自身の状態を知り、陽性と診断された人のうち95%が抗レトロウイルス治療を受け、治療を受けた患者の95%でウイルスの抑制が見られることを目指している。

UNAIDSのケニア担当国別ディレクター、メドヒン・ツェハイウ氏によれば、ケニアでは2013年以降、HIV/AIDSの新規感染が78%、関連死が68%減少した。この前進は米国などの支援国の功績だと同氏は言う。

米国が支援から完全に手を引く兆候はないが、ツェハイウ氏は、PEPFARの問題はケニアが資金基盤の面で抱える脆弱性を浮き彫りにしていると説明する。

「ケニアのHIV/AIDS対策は支援国からの資金に深く依存しており、ケニアはプログラムの維持に向けて持続可能的な計画を策定する必要がある」と同氏は語った。

<「手の届かない」治療費>

資金提供が5年間ではなく単年度になったというニュースは、PEPFARを頼りにしている人々を不安に陥れている。たとえば、屋台商のディクソン・ムワニキさん(52)は19年前にHIV陽性と診断された。治療でウイルス量は抑制され、妻には感染させていない。

ムワニキさん自身の収入では抗レトロウイルス薬を購入する余裕はない。ナクルの路上で温かい軽食を販売しているが、好調な日でも売上はせいぜい1000ケニアシリング(約910円)だ。

1カ月の治療費は5000ケニアシリング。ムワニキさんのように、ケニアではいわゆる非公式経済のもとで働く人が多く、支援がなければ、そうした人々には手の届かない金額だ。

もう1人、やはり自己負担なしで抗レトロウイルス薬の治療を受けている匿名希望の女性(23)は、両親からの仕送りにも頼っており、自分で治療費を支払うことになったら、セックスワーカーにならざるをえないかもしれないと話す。

米国国際開発庁(USAID)によると、彼女のような若い女性は、ケニアにおけるHIV/AIDSのハイリスク集団に含まれる。2019年の新規感染の26%は15-24歳の女性だった。

ナクルのある診療所はこの10年間、PEPFARによる資金支援を受けてきた。カウンセラーのフィレモン・オゴラ氏は、現在この診療所のスタッフが目にする新規感染者は1カ月に1、2件にすぎないと語る。

この診療所の受診者数は年間約500人。昨年、HIV/AIDS関連の合併症による死亡の報告件数は1件だった。

オゴラ氏は、「私たちの目から見てPEPFARによる支援が成功だと言えるのは、この診療所でも新規感染例はめったにないからだ」と言い、資金援助の中止による影響を懸念していると続けた。

「私が診ている患者の大部分は1日1ドル以下で生活している貧しい人たちだ」とオゴラ氏は言う。「患者の7割は、(抗レトロウイルス薬の治療費を)自己負担する余裕がない」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政府、資源開発資金の申請簡素化 判断迅速化へ

ワールド

訂正-セビリアで国連会議開幕、開発推進を表明 トラ

ワールド

対米交渉「農業を犠牲にしない」=トランプ氏のコメ発

ワールド

カナダ、初のLNG輸出貨物を太平洋岸から出荷 アジ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中