ニュース速報

ワールド

アングル:PGAとLIV統合の裏に米政権の対サウジ軟化、人権問題後回し

2023年06月09日(金)15時56分

 米男子ゴルフのPGAツアーがサウジアラビア政府系ファンドPIFの支援を受ける新興ツアーLIVゴルフとの事業統合に合意したことは、バイデン米政権の力添えによるサウジのムハンマド皇太子の国際社会復帰がある程度完了したことを示している。昨年7月撮影。提供写真(2023年 ロイター)

[リヤド/ワシントン 8日 ロイター] - 米男子ゴルフのPGAツアーがサウジアラビア政府系ファンドPIFの支援を受ける新興ツアー「リブ・ゴルフ・インビテーショナル・シリーズ(LIV)」との事業統合に合意したことは、バイデン米政権の力添えによるサウジのムハンマド皇太子の国際社会復帰がある程度完了したことを示している。

バイデン大統領は2018年のサウジ人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件への関与を巡り、ムハンマド氏を「のけ者」にすると発言。関与を否定する同氏との関係が悪化した。

しかし、バイデン氏は昨年7月にサウジを訪問してムハンマド氏と初めて対面で会談した。サウジは米国製兵器の主要な輸入国。

PGAとLIV、DPワールドツアー(欧州ツアー)の3団体の統合合意はブリンケン米国務長官のサウジ訪問に合わせて発表された。

米当局者らはPGAとLIVの統合について概ねコメントを控えている。ただ米国とサウジの関係は複雑で、その範囲は地域安全保障やエネルギー、人権問題などに及ぶと語る。

ブリンケン氏は8日、サウジ訪問を終えて、サウジ側に人権問題を提起したと記者団に明かした。「人権問題の進展が両国の関係を強化するということをはっきりさせた」と述べ、「米国は常に人権問題を課題に据えている」と言い切った。

しかし、人権擁護を訴える人々からは、PGAとLIVの統合からバイデン政権が人権ではなく地政学的課題を選択したことが読み取れるとの声も聞かれる。

プロジェクト・オン・ミドル・イースト・デモクラシーのディレクター、セス・バインダー氏は「私にとって最も重要なのは、バイデン氏が(サウジの)ジッダを訪問してムハンマド皇太子を復権させなければPGAは統合に動かなかっただろうという点だ」と言う。「バイデン氏は全世界、特に経済界に対して、ムハンマド氏と関係を回復しても問題がないということを示したのだ」

バイデン政権高官は匿名を条件に、サウジ国内の人権問題に対する米国の取り組みはサウジ当局者との私的な対話を通じて進める方が良いと述べたが、具体的な事例には触れなかった。高官はバイデン氏のサウジ訪問以降、イエメン停戦など幅広い問題で進展があったと指摘。「公的な外交の場と、効果を持つ舞台裏の外交の場があり、われわれは舞台裏の外交に強い信頼を寄せている」とした。

<何を優先するか>

ムハンマド氏はサウジを近代化し石油依存を下げる野心的な計画を立ち上げているが、同時に米国民を含む政府に批判的な人々を弾圧している。

ニューヨークに拠点を置く人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によると、サウジでは人権活動家や反体制派の多くが投獄されたり裁判にかけられたりしており、昨年のバイデン氏のサウジ訪問後にこうした弾圧が急増したという。

PGAとLIVの統合合意発表前にも、人権問題と米国の国家安全保障問題は相反する関係にあった。

ブリンケン氏は今回のサウジ訪問に当たり危急の課題として、中東で外交的進出を図る中国への対抗、イラン核兵器開発問題への対応、サウジに対するイスラエルとの国交樹立への働きかけなどを挙げた。また原油価格高騰を避けるためにサウジから支援を得ることも議題に上った。石油輸出はバイデン氏が昨年サウジを訪問した理由の一つでもあった。

HRWのワシントンディレクター、サラー・ヤガー氏は、米国がサウジに秋波を送っているため、サウジは人権問題で改革に手を付けなくても米国の協力を得られるようになっていると指摘。

「サウジは極めてうまく取引しているが、米国は人権問題で改革を引き出すのに、単にお願いする以外にどんな取引材料を出しているのか不明だ。サウジはただ断ればいいだけだ」と語った。

<米市民の拘束>

サウジで身柄を拘束されている米市民などの家族は6日、ブリンケン氏に対して解放を求める緊急声明を出した。ブリンケン氏はサウジ訪問中に具体的な事例を取り上げたと述べたが、詳細には触れなかった。

サウジは3月、政府に批判的な投稿をしたとして収監されていた米国民サアド・イブラヒム・アルマディ氏を解放したが、海外渡航は禁止している。

バイデン政権の元国家安全保障会議幹部、テス・マケネリー氏は安全保障やエネルギー、経済的利益など目先の課題を優先し、人権への配慮を軽視することは、米国の安全保障、そしてサウジ市民の人権をも傷つけることになると警鐘を鳴らす。「5年、10年、15年後になって、サウジのような権威主義的な同盟国に妥協することが国家および国際安全保障に悪影響を及ぼすことが分かるだろう」と語った。

(Humeyra Pamuk記者、Simon Lewis記者)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ワールド

米、フェンタニル密輸で中国企業の制裁・起訴発表

ワールド

ウクライナ大統領、北東部の部隊訪問 司令官と戦況協

ビジネス

ダブルラインのガンドラック氏、米国の高金利長期化を

ワールド

伊ベネチアでバス転落・炎上、少なくとも21人死亡

MAGAZINE

特集:2023年の大谷翔平

特集:2023年の大谷翔平

2023年10月10日/2023年10月17日号(10/ 3発売)

WBCは劇的優勝、ケガで無念の離脱、そして日本人初本塁打王へ。激動の大谷イヤーを現地発の記事と写真で振り返る

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    【独自】祝ホームラン王!「最強の戦友」マイク・トラウトに聞く、大谷翔平の素顔

  • 2

    複数のドローンがロシア西部「ミサイル工場」を攻撃、その閃光と爆音を捉えた映像

  • 3

    メドベージェフが発した核より現実的で恐しい戦線拡大の脅し

  • 4

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 5

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 6

    ロシア軍スホーイ戦闘機など4機ほぼ同時に「撃墜」され…

  • 7

    台湾初「国産潜水艦」がついに進水...中国への抑止力…

  • 8

    処理水批判の中国から日本に観光客は来て...いる? …

  • 9

    本物のプーチンなら「あり得ない」仕草......ビデオ…

  • 10

    中国不動産バブル崩壊で地方役人は戦々恐々

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    【独自】祝ホームラン王!「最強の戦友」マイク・トラウトに聞く、大谷翔平の素顔

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 5

    本物のプーチンなら「あり得ない」仕草......ビデオ…

  • 6

    エリザベス女王も大絶賛した、キャサリン妃の「美髪…

  • 7

    ワグネル傭兵が搭乗か? マリの空港で大型輸送機が…

  • 8

    NATO加盟を断念すれば領土はウクライナに返す──ロシ…

  • 9

    ロシア軍スホーイ戦闘機など4機ほぼ同時に「撃墜」され…

  • 10

    ウクライナ「戦況」が変わる? ゼレンスキーが欲しが…

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

  • 3

    【独自】祝ホームラン王!「最強の戦友」マイク・トラウトに聞く、大谷翔平の素顔

  • 4

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 5

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務…

  • 6

    「児童ポルノだ」「未成年なのに」 韓国の大人気女性…

  • 7

    <動画>ウクライナのために戦うアメリカ人志願兵部…

  • 8

    「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシ…

  • 9

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 10

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中