ニュース速報

ワールド

焦点:米国「囲い込み」でワクチン資材が不足、他国メーカー困惑

2021年05月13日(木)09時05分

 5月7日、国内の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)制圧に向けて、米国は自国のワクチン製造企業に対し、必要な国産資材への優先アクセス権を認めた。写真は使用済みモデルナ製ワクチンの容器。ノースダコタ州デイトンの接種会場で4月撮影(2021年 ロイター/Dan Koeck)

Allison Martell and Euan Rocha

[7日 ロイター] - 国内の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)制圧に向けて、米国は自国のワクチン製造企業に対し、必要な国産資材への優先アクセス権を認めた。

結果として連邦政府は、大量の新型コロナウイルスワクチンの完成品だけでなく、サプライチェーン全体にわたるワクチン原材料や製造設備も抱え込むことになった。主要なサプライヤー数社を含む10数件の契約をロイターが検証し判明した。

米国の措置により、こうした原材料や設備を切実に必要としている一部の国は別の選択肢を必死で探す羽目となり、ワクチン供給が一部の国に偏った状況が一層悪化したと、サプライヤーや他国のワクチン製造企業、さらにはワクチン市場の専門家が取材に明らかにした。

バイデン米大統領は5日、新型コロナワクチンの特許放棄を支持する考えを示し、全世界的なワクチン製造のスピードアップを支援するよう政権に働きかけてきた人々に感銘を与えた。この措置が世界貿易機関(WTO)によって承認されれば、引っ張りだこになっているワクチンを他国企業も製造できるようになる。

だが特許の放棄では、ワクチン原材料と製造設備の不足が世界的に深刻化しているという、同程度に切迫しているにもかかわらずあまり注目を集めていない問題は解消されない。米国はワクチン製造に不可欠なフィルター、チューブ、シングルユースの専用バッグなど大量の資材をがっちりと抱え込んでいる。

インドなど新型コロナが猛威を振るっている国では、爆発的な感染拡大により病院や遺体安置所が飽和状態に陥っているが、仮に特許が放棄されたとしても、資材がなければワクチン製造は不可能だ。

この問題は、米国が1950年代の朝鮮戦争の際に制定した「国防生産法」(DPA)という法律に起因している。同法は、国防に関連する調達を優先させる権限を連邦機関に与えている。米軍関連の調達はもとより、自然災害などさまざまな事態に対応するために利用されてきた。

トランプ前政権は、米国で製造されるワクチンの他、今回のパンデミックへの対応に必要な製品に関して、連邦政府による調達を最優先とするためDPAを発動した。その代りにワクチン製造企業に対しては、連邦政府による命令に応じるために必要な資材全般について優先的なアクセスが認められた。

国際機関や各国政府、製薬会社などで構成される官民組織「Gaviワクチンアライアンス」は、ワクチンに対するグローバルなアクセスの拡大に向けたバイデン政権の動きを称賛している。特に評価しているのは、Gaviが世界保健機関(WHO)と共に主導している国際的なワクチン調達コンソーシアム「COVAX」を支援するため米国が40億ドル(約4350億円)の拠出を表明した点だ。

しかし、DPAに関する質問に対して、Gaviは次のように回答した。「ワクチンに対する公平なアクセスというCOVAXの目標を阻む最大の障害は、グローバルな供給が制約されていることだ。これについては、(ワクチン)原材料に関する輸出規制による部分がかなり大きく、結局のところ、パンデミックの長期化につながるだけだ」

匿名を条件に取材に応じたバイデン政権高官は、輸出規制はまったく行われておらず、米国のサプライヤーは国内のワクチン製造企業に優先的に供給した上で製品の海外出荷を続けている、と語った。この高官は、グローバルなワクチン原材料不足の原因はDPAではなく、圧倒的に需要が大きいためだと話している。

<インドの懇願>

ワクチンの原材料は、英国や中国を含め世界各国で生産されている。だが、サーモ・フィッシャー・サイエンティフィックやダナハーの生命科学部門サイティバ、ポールといった代表的なサプライヤーは米国を拠点にしている。ロイターでは、ワクチン原材料や製造設備の生産に占める米国のシェアを厳密に特定することができなかった。

DPAは米国が大規模なワクチン製造体制を構築することに貢献し、米国民は安心してワクチンにアクセスできるようになり、米国の製薬会社の収益増大をもたらしている。

米国の総人口のうち約45%が、新型コロナワクチンの接種を少なくとも1回受けている。だが英オックスフォード大学が収集したデータによれば、南アフリカからグアテマラ、タイに至るまで、総人口に占めるワクチン接種済み比率が約1%、あるいはそれ以下の国は数十カ国に及ぶ。

DPAは、ワクチン製造量で世界首位のセラム・インスティチュート(インド)など、世界各国のワクチン製造企業から批判を浴びている。

セラムのアダール・プーナワラ最高経営責任者(CEO)は4月、ツイッターへの投稿で米国に対し、「我々が新型コロナに打ち勝つために本当に団結するのであれば」、米国は原材料の独占を解除するべきだと「米国外のワクチン産業を代表して」訴えた。

セラムでは、今月から米ノババックスが開発したワクチンを年間10億回分製造する予定だった。だが、同社の計画に詳しい情報提供者は、米国からの原材料供給がければ、製造量は半分以下になりそうだと語った。

セラムは原材料不足の問題についてロイターの取材に応じなかったが、困窮しているワクチン製造企業は同社だけではない。

南アフリカのワクチン製造企業バイオバック研究所も、細胞の培養に必要なバイオリアクター用バッグを米国企業から調達している。バイオバックのモレナ・マクホアナCEOはロイターの取材に対し、米国のサプライヤーから、DPAが適用されたため、バッグの納期が通常の2倍以上の14カ月になる可能性があると警告を受けたと話す。

国によっては、もっと恵まれた状況にあるワクチン製造企業もある。ブラジルのブタンタン研究所の幹部はロイターに対し、米国・英国の双方から資材を調達できていると語った。

たとえばアストラゼネカが開発したワクチンはまだ米国内での使用承認が得られていないが、米国内でこれを製造するための資材の注文は優先扱いされる。そのせいで、セラムが自国をはじめ多くの国々で使用される同ワクチンを製造しようとしても、資材が送られてくるのが遅れてしまう可能性がある。

現時点で、米国ではファイザー、モデルナ、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の3社の新型コロナワクチンが緊急使用の承認を得ている。

米国で受けている資材調達の優先扱いがグローバル規模で与える影響について、アストラゼネカからはコメントが得られず、たモデルナとJ&Jもコメントを控えた。ファイザーは米DPAには直接触れず、「世界中の人々に奉仕することをめざし、甚大な努力を重ねている」と述べた。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2021 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、ナイジェリアでイスラム過激派空爆 「キリスト教

ビジネス

鉱工業生産11月は2.6%低下、自動車・リチウム電

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、個人の買いが支え 主力株

ビジネス

小売販売額11月は前年比1.0%増、医薬・自動車な
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中