ニュース速報

ワールド

焦点:サウジ皇太子が追う「機密文書」、権力掌握へ政敵を駆逐

2020年07月01日(水)11時14分

 6月23日、3年前に就任したサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、権力掌握に向けて締め付けを強化し、有力王族や政敵を拘束してきた。写真は2017年の政変で王位継承者の座を追われたムハンマド・ビン・ナエフ王子。2016年9月、メッカで撮影(2020年 ロイター/Ahmed Jadallah)

[ロンドン 23日 ロイター] - 3年前に就任したサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、権力掌握に向けて締め付けを強化し、有力王族や政敵を拘束してきた。しかし、その中で難を逃れてきた人物が1人いる。情報機関の元高官で、王位継承をめぐってムハンマド皇太子とその座を争うライバルとの関係も深い。

「MbS」というイニシャルで呼ばれることの多いムハンマド皇太子はここ数カ月、この人物、つまりサアド・アル・ジャブリ氏の親族に対する圧力を強めている。ジャブリ氏の家族によれば、すでに成人している同氏の子女を拘束し、カナダに亡命中のジャブリ氏の強制送還を試みている。事情に詳しい4人の関係者によると、皇太子が気にしているのは、ジャブリ氏が保有する機密情報を含む文書類だという。

<次の王位継承へライバルを蹴落とす>

ジャブリ氏は長年、サウジ王室で2017年に起きた政変でムハンマド現皇太子により王位継承者の座を追われたムハンマド・ビン・ナエフ王子の側近だった。この政変により、世界最大の石油輸出国にして米国の重要な同盟国であるサウジアラビアの事実上の支配者は、ムハンマド現皇太子になった。

サウジ当局は3月6日、ビン・ナエフ氏の他、有力王族2人を拘束した。強硬措置を繰り返すムハンマド皇太子による最新の動きであり、その狙いは、サウジアラビアを支配するアル・サウド一族のなかで自らの地盤を固め、いずれ現国王の死去または退位による王位継承に向け、権力掌握に対する潜在的な脅威を排除することにあると見られる。

状況をよく知るサウジアラビア国内の関係者2人によれば、3月には複数の内務省高官も拘束されたという。

ジャブリ氏の家族によれば、ナエフ氏が拘束された数日後の早朝、サウジ当局者が首都リヤドにあるジャブリ家に踏み込み、ジャブリ氏の2人の子ども、21歳のオマル氏と20歳のサラ氏を逮捕したという。家族によれば、さらに5月初めには、ジャブリ氏の兄弟も拘束された。事情に詳しい3人の人物も、ジャブリ氏の親族が拘束されていることを認めている。

ムハンマド皇太子は、現時点で王位継承のライバルたちを蹴落とすうえでジャブリ氏が保有している文書を利用できると考えている、と事情に詳しい4人の人物は語る。さらに、ムハンマド皇太子はこの文書に彼自身や現国王にとって不利な情報も含まれているのではないかと懸念しているという。

上述の2人のサウジアラビア国内の情報提供者、また中東地域の元治安当局者1人によれば、この文書にはナエフ氏の海外資産に関する情報が含まれており、ムハンマド皇太子が前皇太子への圧力を強める目的で使える可能性があるという。この情報提供者の1人、元治安当局者、外交関係者1人によれば、ジャブリ氏は、サルマン国王やムハンマド皇太子を含む有力王族による金融取引に関する機密ファイルにもアクセスできるという。

<汚職疑惑の情報が狙い>

上述の外交関係者は、詳細については伏せつつ、これらの情報の一部は、サルマン現国王が2015年に即位する前、40年近くにわたりリヤド知事を務めていた時期に関与した土地契約・取引に関するものだと話している。

サウジ国内情報提供者の1人は、ムハンマド皇太子が狙っているのは、内務省在籍時のナエフ氏による汚職疑惑について同氏を告発することだと述べている。ロイターではこれらの疑惑の詳細を確認できなかった。

この情報提供者は、「彼らはナエフ氏の右腕として、以前からずっとジャブリ氏に目をつけていた」と語る。

ジャブリ氏の家族、そして上述のサウジ国内情報提供者の1人は、サウジ当局はジャブリ氏を汚職容疑で告発しているが、その容疑の詳細については明らかにしていないという。家族は、容疑は事実ではないと話している。

サアド・アル・ジャブリ氏は息子を介してコメントを拒否している。

ロイターでは、ナエフ氏及び2人の王族が拘束されている場所を確認できず、コメントを求めることができなかった。

<米加当局は「子女拘束を憂慮」>

ある米国当局者よると、米政府はサウジ指導部にジャブリ氏の子どもたちが拘束された問題を提起しているという。この当局者はさらに、多くの米国政府当局者が長期にわたってジャブリ氏と直接協力しており、同氏が「テロ対策における非常に有力なパートナー」であったと説明している。

ワシントンで活動する別の米国当局者によれば、米国はカナダ在住のジャブリ氏の家族と連絡を取っており、「支援する方法を探っている」という。

「我々はジャブリ氏の子女が拘束されているという報告に憂慮を深めており、同氏に対する容疑がどのようなものであれ、その家族に対する不当な迫害を強く非難する」とこの当局者は語る。

カナダ外務省のサイリン・クーリー報道官によれば、カナダもジャブリ氏の子女の拘束について憂慮している。同報道官は、カナダが具体的な措置をとっているかどうかは明らかにしていない。

<「あらゆる問題のファイル」を握る人物>

  サアド・アル・ジャブリ氏は20年近くにわたりナエフ氏と密接に協力し、サウジアラビア王国の情報機関・テロ対策作戦の刷新を支え、西側諸国の当局者と緊密な関係を築いてきた。

中東地域の元治安当局者は、「彼はあらゆる問題、あらゆる人物についてのファイルを握っている」と評する。この元当局者によれば、ジャブリ氏はサウジアラビアの情報機関と米中央情報局(CIA)との関係を取り持ってきたという。CIAはコメントを控えるとしている。

2015年1月に即位したサルマン現国王は、ジャブリ氏を閣僚級のポストに任命した。2015年4月にはナエフ氏が皇太子となっている。ジャブリ氏の息子であるハリド・アル・ジャブリ氏によれば、ジャブリ氏とムハンマド現皇太子の関係は「当初はとても良好だった」ものの、まもなく、ムハンマド現皇太子に近い敵対者が「ジャブリ氏はムスリム同胞団のメンバーである」と主張したことにより両者の関係が悪化したという。家族はこの主張を強く否定している。

現在父親とともにカナダで暮らすハリド氏によれば、4カ月後の2015年8月、ジャブリ氏は国営テレビによる報道を通じて自らの解任を知った。

サアド・アル・ジャブリ氏はナエフ氏の私設顧問となり、2017年6月、ナエフ氏が皇太子の座を追われ、内務省トップの座も解任されるまで、その立場にあった。サウジ国内の情報提供者2人と外交関係者によれば、ジャブリ氏はナエフ氏に忠誠を尽くしていたという。

ジャブリ氏がカナダに渡った2017年以来、サウジ当局はこの元情報機関高官を本国に呼び戻そうと、直接、あるいは仲介者を通じて繰り返し働きかけてきた、とハリド・アル・ジャブリ氏はロイターに語った。

さらにハリド氏は、他の子どもたちは拘束に至る前、2年以上にわたりサウジアラビアからの出国を制限されており、複数回にわたり父親について当局からの尋問を受けていた、と話す。ムハンマド現皇太子は2017年、ジャブリ氏に対し、同氏が帰国することを条件に子どもたちの海外渡航を許可するという申し出も行っている。

家族も、ジャブリ氏の子どもたちがどこに拘束されているのか知らず、連絡も取れないという。「サウジアラビア国内の人に尋ねても、彼らの拘束についてはムハンマド皇太子自身が担当している、と言われるばかり。詳細を聞いても無駄だ」とハリド・アル・ジャブリ氏は言う。

<米国政府への働きかけ>

ハリド氏や前出の外交関係者、中東地域の治安当局者、元西側情報機関関係者によれば、ジャブリ氏がサウジアラビアの最もセンシティブな情報の一部を熟知していることが、西側諸国の政府関係者やサウジのベテラン治安当局者のあいだでの高い評価と合わせて、同氏が標的とされる原因になったという。

この外交関係者は、ジャーナリストのジャマル・カショギ氏の死をめぐって国際的な批判が高まった際、トランプ米大統領はサウジアラビアとの国防・エネルギー分野での戦略的な絆を重視する姿勢を見せたが、彼が再選に失敗すれば、ムハンマド皇太子はジャブリ氏を脅威と見なす可能性があると語る。ホワイトハウスはコメントを拒否している。

ジャブリ氏の家族は、支援を求めて米国政界に働きかけていると話している。マルコ・ルビオ、パトリック・リーヒー両上院議員がジャブリ氏の家族と協議したことを両議員の事務所が明らかにしている。

民主党のレーヒー上院議員の上級外交顧問を務めるティム・リーザー氏は、「2人の若者がサウジ治安当局に拘束されて行方不明になっていることについては、連邦議員のあいだでも懸念する声がある」と話す。「2人は、父親にサウジアラビアへの帰国を強要するための人質として使われているように思われる」とリーザー氏は言う。さらに同氏は、リーヒー上院議員の事務所が2人の所在について情報を探っており、釈放を求めているとも述べている。

ムハンマド皇太子は、85歳の父サルマン国王に続く正式な王位継承者である。石油収入に強く依存するサウジアラビア経済を多角化し、女性の地位を含む社会的な制約を解除していこうというムハンマド皇太子の取組みは、西側諸国当局者やサウジアラビア国民の多くに歓迎されている。

だが一方で、同皇太子は反対派を沈黙させ政敵の無力化を試みていると批判されている。2018年にイスタンブールのサウジアラビア大使館で起きたカショギ氏の殺害事件については、米中央情報局により首謀者として名指しされ、同皇太子は国際的な批判を浴びた。

ムハンマド皇太子はカショギ氏の殺害を命じたことは否定しているが、サウジアラビアの事実上の指導者として、最終的には「全責任は自分にある」と述べている。

サウジ・ウォッチャーや外交関係者は、カショギ氏殺害事件の後、ムハンマド皇太子はますます国内外における自分の立場に神経質になっているという。ロイターが以前報じたように、昨年9月、サウジアラビアの石油関連インフラに対する過去最大の攻撃があった後、王室や財界エリートのなかには、同皇太子のリーダーシップに対する不満を表明する向きもある。

新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)と石油価格の下落によって経済が大きな打撃を受け、それに伴って財政緊縮措置がとられていることで、国内にも不満が生まれている。とはいえ、ムハンマド皇太子には忠実な支持者がおり、保守的な社会を解放し、経済の多角化を公約していることで、サウジアラビアの若い世代のあいだで高い人気を誇っている。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

テマセク、運用資産が過去最高 米国リスクは峠越えた

ワールド

マレーシア、対米関税交渉で「レッドライン」は越えず

ビジネス

工作機械受注、6月は0.5%減、9カ月ぶりマイナス

ビジネス

米製薬メルク、英ベローナ買収で合意間近 100億ド
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 6
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 9
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中