ニュース速報

ワールド

焦点:中東和平、トランプ氏の「1つの国家」言及で一層混迷か

2017年02月19日(日)08時26分

 2月16日、トランプ米大統領(右)が、パレスチナ国家を樹立してイスラエルとの共生を目指す「2国家共存」にこだわらない姿勢を表明したことは、歴代大統領や各国の指導者がだれも入ろうとしなかった領域に足を踏み入れたことを意味する。写真左はイスラエルのネタニヤフ首相。ワシントンで15日撮影(2017年 ロイター/Carlos Barria)

[ワシントン 16日 ロイター] - トランプ米大統領は15日、イスラエルのネタニヤフ首相との会談後、パレスチナ国家を樹立してイスラエルとの共生を目指す「2国家共存」論について「わたしは2つの国家と1つの国家(という考え)の双方に目を向けている。両当事者が望む方が好ましい」と発言した。

2国家共存にこだわらない姿勢の表明は、20年にわたって世界の外交界の大原則に背を向け、歴代大統領や各国の指導者がだれも入ろうとしなかった領域に足を踏み入れたことを意味する。トランプ氏としては、停滞してきた中東和平にまったく新しい構想を採用しようとしたのだろうが、同時にこれまで存在しなかった複雑な要素やリスクも呼び込んでしまった。

イスラエルとパレスチナ自治政府が存在する地域に単一国家、もしくは連邦国家を成立させるというのは、大半のイスラエル国民やパレスチナ住民にとって宗教や政治、人口構成などの面から現実的な選択肢とはみなされていない。

1つの国家論は数年前のようなタブー(禁忌)ではなくなり、イスラエル大統領が提唱しているほか、多くの若いパレスチナ住民の間で議論の対象になっている。とはいえ、こうした国家のアイデンティティ、宗教、民主主義が確立され、争いの火種を生み出さずにいられるかどうかは疑問視されている。

パレスチナ自治政府の首席交渉官、サイブ・エレカト氏は1つの国家について、結局はイスラエルが主導権を確保してかつての南アフリカのアパルトヘイトのようにパレスチナ住民が国家内で差別的待遇を受ける恐れがあるとの見方を示した。

<難しい両立>

中東和平問題は関係者の多大な尽力にもかかわらず、過去20年間ほとんど成果がなかっただけに、政治指導者や外交官が2国家共存とは別の可能性を検討し始めること自体は当然だ。そうした観点では、1つの国家論はより単純明白で、素晴らしい解決策に見えなくはない。

しかしイスラエルからすれば、70年近く前の建国以前から国家のアイデンティティはユダヤ人の国と決まっている。ネタニヤフ氏の根本的かつ揺るぎない要求は、パレスチナ側がイスラエルをユダヤ人国家と認めることにある。

そこでイスラエル本土とガザ、ヨルダン川西岸、東エルサレムに暮らす1600万人で1つの国を形成するとなれば、ユダヤ人国家の様相と民主主義を両立させるのは極めて難しい。人口の半数近くはイスラム教徒もしくはキリスト教徒で、パレスチナ住民の出生率は、ユダヤ人よりも伸びが大きいからだ。

左右両派の学界関係者などからは、単一国家や連邦国家の提案がしばしばなされているが、反対派の頭の中には優先的に適用される法律や言語がどうなるか、パレスチナ住民が対等な権利を得られるかといった疑問がすぐに浮かんでくる。

アイデンティティに関わる根深い問題だけでなく、もっと分かりやすいものの解決が難しい事案もある。例えば単一国家の名称、世俗国家になるかユダヤ教国家になるか、イスラム教徒は他国から自由に入国できるのか、アラブ・イスラム諸国は新国家を承認するか、などだ。

<使い手次第で変わる意味>

中東問題を研究している米シンクタンク、ワシントン・インスティテュートのデービッド・マコフスキ氏は、1つの国家という場合、使い手の立場で意味が180度変わってしまう点に注意が必要だと指摘。1つの国家は、多くのユダヤ人入植者にとってヨルダン川西岸にイスラエルの主権が及ぶと解釈されるが、欧米の左派的な考えを持つ人としてはもはやイスラエルではない新たな連邦国家がイメージされるという。

その上でマコフスキ氏は、さまざまな世論調査ではイスラエル国民とパレスチナ住民の双方とも1つの国家確立への賛成は少数派にとどまっていると説明した。

実際16日に公表された最新の調査でも、イスラエル国民の55%、パレスチナ住民の44%が2国家共存論を支持しており、1つの国家支持はずっと少ない。

だからこそ、ネタニヤフ氏は会見で1つの国家への言及を慎重に避けたのだろう。同氏は、1つの国家論の背後にある考えが独立的なユダヤ人の国という理想実現の妨げになりかねないことを知っているのだ。

(Luke Baker記者)

ロイター
Copyright (C) 2017 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中