ニュース速報

ビジネス

アングル:スイス中銀、5年目のマイナス金利政策に強まる風当たり

2020年01月19日(日)08時06分

1月14日、マイナス金利導入から5年が経過したスイス国立銀行(SNB、中央銀行)に対して、政策路線の修正を求める声が日増しに高まりつつある。写真はベルンのSNBで2019年9月撮影(2020年 ロイター/Arnd Wiegmann)

[チューリヒ 14日 ロイター] - マイナス金利導入から5年が経過したスイス国立銀行(SNB、中央銀行)に対して、政策路線の修正を求める声が日増しに高まりつつある。年金受給者の痛みを政治家が指摘しているほか、収益が圧迫されている金融業界も悲鳴を上げている。

SNBは2015年1月15日、スイスフランの対ユーロ上限を撤廃した。その後フランが高騰したため、輸出や経済全般への悪影響を抑えるために為替介入を実施するとともに、世界で最も大幅なマイナス金利を採用している。

ただこうした政策を巡り、政界では左右両派が異例の共同戦線を張って反対運動を展開。マイナス金利で生じたSNBの剰余金の活用方法について国民投票実施を呼び掛けようとの動きまで出てきた。

金融界も批判的な態度を強めるばかりだ。スイス銀行協会(SBA)のチーフエコノミスト、マルティン・ヘス氏は「(マイナス金利は)コストがメリットをはるかに上回っている。だから即刻解除するのが最適だとは言わないが、早めに出口に達する方法を考えなければならない」と指摘する。

実際、SNBが設定するマイナス0.75%の政策金利が国債のリターンをマイナスに押し下げ、国債を主な運用先としているスイスの年金基金や保険会社は資産が目減りし続けている。

連立政権の一角を担う右派の国民党のアルフレッド・へール議員は「マイナス金利は預金者ばかりか、間接的に年金基金からもお金を強制的に徴収している。まさにあべこべの仕組みだ」と語気を荒げる。

<懲罰金利>

SNBに預けるお金にマイナス0.75%の手数料(国内メディアの表現では『懲罰金利』)を課されている民間銀行も黙っていない。

クレディ・スイスは、15年以来手数料として支払った額が86億フランに達し、今年も10億フランが出て行く公算が大きいと見積もっている。同行の非上場企業部門責任者アンドレアス・ゲルバー氏は「銀行はバランスシートの両面で重圧が強まっている。競争は激しく、利ざやは縮小の一途だ。われわれは超過流動性に関してSNBに金利を払う必要があり、もはや現金に価値はない」と話した。

UBSのトーマス・シュルツ最高財務責任者(CFO)も「マイナス金利がもたらす経済的な弊害を銀行が別の手段で埋め合わせるのはどんどん不可能になってきている」と語る。

スイス保険協会(SVV)はSNBに政策の軌道修正を要請し、SBAはこのままマイナス金利が続けば、人々が貯蓄を拡大して消費や経済成長、投資が抑え込まれると警告している。SVVの広報担当者は「SNBの政策は、年金システムと退職者に悪影響を及ぼしている。それだけでなく、スイス経済を不安定化させる要因となりかねない」と懸念を示した。

<応分の負担>

他の欧州諸国でも見られる年金の目減りを受け、SNBは剰余金で年金不足を補てんすべきだとの意見が浮上している。SNBが昨年、超緩和政策の結果として計上した剰余金は490億フランで、年金は2030年に赤字額が46億フランになると予想される。

スイス労働総同盟(SGB)幹部で中道左派の社会民主党議員を務めるピエール・イブ・メヤール氏は「剰余金の性質が年金に打撃を与えているマイナス金利に関係している以上、その一部を公的年金システムに再分配するのが理にかなう」と主張した。

国民党のへール議員は社会民主党の議員と協力し、剰余金の納付制度を変更する動議を提出した。もしこれが否決されれば、SGBとへール氏は国民に是非を問う構えだ。

へール氏は「SNBの剰余金をある程度活用すれば、年金不足を増税で穴埋めする必要があるわれわれにとって救いとなるだろう。単純に、SNBは自ら生み出した事態について責任の一端を負ってもらいたい」と提言した。

SNBは将来の政策に関するコメントは拒否したが、すぐに路線変更するとは見込まれていない。ジョルダン総裁は、フランを押し下げ、経済を守ってデフレを避ける上でマイナス金利は必要不可欠だと説明している。

製造業界も、SNBの政策がなければもっと苦境に陥っていたとして現行の政策を支持する。それでもコンサルティング会社ウェラーショフ・アンド・パートナーズのエコノミスト、アドリエル・ジョスト氏は「SNBへのプレッシャーは増大し続けている。中央銀行は独立的なはずだが、一般大衆の懸念を無視することはできない」と述べた。

(John Revill記者)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中