ニュース速報

ビジネス

訂正:静かに変貌する米製造業、トランプ関税に「冷めた視線」

2018年10月01日(月)10時47分

アパートに改装中の元家具工場。米ノースカロライナ州トーマスビルで2018年8月撮影(2018年 ロイター/Howard Schneider)

Howard Schneider

[トーマスビル(米ノースカロライナ州) 26日 ロイター] - 高さ9メートルの巨大な椅子がシンボルのノースカロライナ州トーマスビルは、中国からの輸入品でじわじわと壊滅的な状況に追い込まれた、米国の家具産業を象徴するような町だ。住民の多くは、中国製品への関税が引き上げられる見通しになったと聞いても肩をすくめる。

無理もない。かつて繁盛した家具工房3軒のうち、1軒は駐車場にするため更地に、もう1つの跡地は新たな警察署の建設候補地になっている。最後の1軒はアパートに改装中だ。

トランプ米大統領は、中国など低コストでモノを作る競争相手に奪われた無数の雇用を取り戻すためとして、年間5000億ドル(56兆円)相当の中国製品に最大25%の関税を課すことをちらつかせている。その中には、200億ドル相当の家具も含まれる。

しかし、中国が「世界の工場」となったこの20年あまりで、米国の製造業は大きく変貌した。中国からの輸入品と直接競合しない部分が大きくなっている。関税の引き上げが単純に米国の雇用増加につながるとは限らない。

トーマスビルの西約145キロにある町レノアール。家族経営の家具メーカー、バーンハート・ファーニチャーでは、中国やベトナムで作られる一般的な木製家具の製造ラインを復活させるには、3000万ドル程度の設備投資が必要になるという。年間売上高の10%にあたる。

将来の政権がひっくり返すかもしれない政策を頼みに投資するには、大きすぎる金額だ。

「輸入を止めれば雇用が戻るという論理だが、それは真実ではない。(輸入されているような家具を作る)建物がないし、人もいないし、機材もない」と、創業者の孫で現社長のアレックス・バーンハート氏は言う。

いま同社が必要としているのは、景気後退期の2007年─2009年に800人を下回った従業員を、現在の1500人規模にまで拡大させる原動力となったオープンな市場と安定した経済だという。事業拡大には、中国への輸出増加も寄与した。

<かつての「ラストベルト」ではない>

バーンハート・ファーニチャーの成長の追い風となったのは、高級なカスタムメイドの家具に対する需要だった。創業129年の同社は、事業拡大に工場の従業員だけでなく、デザイナーやマーケティングの担当者といった専門家も採用した。アジアに生産ラインを移し始めた30年前とは、まったく異なる会社になっている。

米国の製造業の大部分は同様だと、エコノミストは指摘する。

投資をして雇用を増やすには、例えば消費者が高額でも米国製を選んでくれるといった確実性を必要としている。また、トランプ政権以降も関税措置が続き、コスト競争力がある国へ製造がシフトすることはないという確証も必要だろう。

だが、それでもグローバル化で劇変した産業が、かつての古い生産ラインを復活させる動機にはほとんどならない。

「ラストベルト(さびついた工業地帯)」や南部のかつての工業地帯では、製造業のこうした変質が目に見える形で表れている。 ニューヨーク州バッファローでは製鉄所が太陽光パネルの工場に変わり、日用品の工場だった建物にはオフィスやレストラン街が入居している。オハイオ州デイトン近郊(訂正)では閉鎖されたゼネラル・モーターズ(GM)の自動車工場が、中国資本の自動車用ガラス工場として再稼動している。ノースカロライナ州全域に点在する閉鎖工場は、汚染浄化の必要がある「ブラウンウィールド」の指定を米環境保護局(EPA)から受けている。

関税措置を受け、なかには中国から生産拠点を移転させることを検討している企業もある。だが雇用は、戻ってこない可能性が高い。

イリノイ州のCCTYベアリングは、人件費を低く維持するため、米国向け製品の生産を中国江蘇省からインドのムンバイの新工場に移す予定だ。

音響メーカーのJLabが中国で生産する近距離無線通信「ブルートゥース」製品はまだ追加関税の対象になっていないが、同社のウイン・クレイマー社長は、ベトナムやメキシコでサプライヤーを探している。

「米国国内で生産できるものならやりたいが、消費者はメイド・イン・アメリカに以前ほどの価値がないことを何度も行動で示してきた」と、クレイマー氏。「消費者が見ているのは値段だ」と語る。

ブルートゥースのイヤホンを米国で製造すれば、価格は20ドルから50ドルに跳ね上がるという。関税上乗せによる価格の上昇幅をはるかに上回るものだ。

確かに、米国向けの製品を中国で生産する外国企業から、生産の一部を米国に移転させる可能性を示す反応も現段階では出ている。それでも、トランプ大統領の関税措置から最終的に最も恩恵を受けるのは、ベトナムのような国になるかもしれない。

日本の重機大手コマツ< 6301.T >は、米国で組み立てている油圧ショベル用の部品生産の一部を、すでに中国から移転させた。一部は米国に移したが、メキシコや日本に移転したものもあった。

企業関係者や韓国の現地報道によると、LG電子<066570.KS>やサムスン電子<005930.KS>は、米国向けの冷蔵庫や空調機器の生産の一部をメキシコまたはベトナム、あるいは韓国に移すことを検討。米国への移転は議論されていないという。

<関税引き上げの勝ち組・負け組>

トランプ大統領が打ち出した 鉄鋼とアルミ製品への関税は、勝ち組と負け組みの両方を生んでいる。

USスチールとセンチュリー・アルミニウムなどは、価格上昇を転嫁できるとして、少なくとも新たに数百人を採用すると発表した。一方、ミッドコンチネンタル・ネイルは価格上昇が原因で130人を解雇した。また、マットレスのスプリングなどを手がけるレゲット・アンド・プラットは、金属価格の上昇を受け、海外に生産を移転させる可能性があるとしている。

米政府はこれまでに2500億ドル相当の中国製品に追加関税を課したほか、さらに中国からの輸入品すべてを対象にすることもちらつかせている。

米国の製造業はこの8年、特別な保護政策なしに雇用が10%伸びていた。エコノミストの多くは、新たに関税を課せば最終的に雇用拡大を鈍化させるか、喪失を招くと予測している。

中国からの輸入で最も打撃を受けた業界の1つ、家具産業は2011年に就業者数が35万人まで減った。それが住宅市場の回復や、強い消費需要の追い風を受けて4万3000人増加している。

業界関係者は、熟練した職人をはじめ、採用が難しくなっていると話す。米連邦準備理事会(FRB)が経済への影響を懸念する人手不足がここにも表れている。

ノースカロライナ州トーマスビルでは、関税の引き上げで家具産業がかつての輝きを取り戻すと考える人はほとんどいない。町はそれを必要としていないと、市政を担当するケリー・クレイバー氏は言う。彼の両親は、この町で家具と繊維関連の職に就いていた。

金融危機の後、町はグリーンズボローやシャーロットといった成長する近隣都市のベッドタウンとなった。今では工場労働者とオフィス労働者、両方の雇用がある。 フローリング材を手がけるモホーク・インダストリーズは最近、トーマスビルにある床材の工場を拡張した。物流会社のオールド・ドミニオン・フレイト・ラインや、急速に成長しているハンバーガーチェーン、クック・アウトがここに本社を構えている。

「この町始まって以来、初めて経済が多様化し始めている」と、クレイバー氏は語る。

(翻訳:山口香子、編集:久保信博)

*第13段落目の閉鎖されたゼネラル・モーターズ(GM)自動車工場の所在地を訂正します。

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米関税、インフレと景気減速招く=バーFRB理事

ワールド

焦点:印パ空中戦、西側製か中国製か 武器の性能差に

ワールド

金総書記、ロ大使館を異例の訪問 対ドイツ戦勝記念日

ビジネス

リクルートHD、今期10%増益を予想 米国など求人
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..最新技術で分かった「驚くべき姿」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 5
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 6
    中高年になったら2種類の趣味を持っておこう...経営…
  • 7
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 8
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 9
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 10
    韓国が「よく分からない国」になった理由...ダイナミ…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 7
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中