ニュース速報

ビジネス

焦点:トランプ政権の貿易戦争、市場はどこまで耐えられるか

2018年02月05日(月)08時00分

 1月30日、もしトランプ米大統領(写真)が2018年を「保護主義の年」と位置付けるならば、金融市場の強靱さが問われることになるだろう。2017年12月、ワシントンで撮影(2018年 ロイター/Carlos Barria)

Sujata Rao and Tom Miles

[ロンドン/ジュネーブ 30日 ロイター] - トランプ大統領の就任初年度に巻き起こった政治的混乱から、金融市場を守る「緩衝材」として機能したのは、世界的な貿易ブームと経済成長だった。しかし、もしトランプ氏が2018年を「保護主義の年」と位置付けるならば、その強靱さが問われることになるだろう。

株式市場は過去最長クラスの強気相場にあり、突発的な混乱に対して特に脆弱になっている。世界経済の力強さを考えれば、貿易紛争が拡大しても、恐らくその影響を吸収できるだろうが、ただしそれも、各国政府が対立を限定的なものに抑えられれば、という条件付きだ。

看板政策の税制改革がようやく議会通過したことで強気に転じたトランプ大統領は、「米国を再び偉大に」という選挙公約のもう1つの柱である通商問題に照準を合わせる公算が高い。

つまり、貿易赤字を減らし、米国を犠牲にして利益を得ているとみなした国に罰を与える、ということだ。

通商問題でトランプ政権が鳴らすドラムの音はこれまで以上に大きくなっている。今月には洗濯機と太陽光発電パネルに対する輸入関税の引き上げを発表、ロス米商務長官は知的財産権の扱いについて中国に警告を与え、ムニューシン米財務長官も米国輸出にはドル安が好ましいとの見解を表明した。

こうした動きは、世界株価に短期的な動揺を引き起こしただけだった。昨年、時価総額で9兆ドルも増やしたうえで、さらにペースを上げながら過去最高値を更新し続ける市場から離脱するのは、投資家としては気が進まないからだ。

こうした強気相場のかなりの部分は、ここ数年続いている貿易の回復に支えられている。貿易量は世界の国内総生産(GDP)よりも速いペースで拡大している。

過去1年にトランプ大統領が展開した保護主義的な論調や、環太平洋圏諸国が参加する環太平洋連携協定(TPP)交渉から米国を離脱させるといった行動にもかかわらず、株式相場に減速の兆しはない。

世界貿易は年率4%のペースで拡大しており、これは2011年以降で最も力強いパフォーマンスだ、とオランダ経済政策分析局は示している。貨物量の伸びも過去10年で最も速いペースだ。

世界貿易機構(WTO)の試算によれば、2017年の貿易取引は数量ベースで3.6%拡大した見込みだという。IMFは、今年の世界成長率が3.9%になると見込んでいる。

とはいっても、これまでの単なるレトリックが、実際の行動へと移されることで、たとえ力強い成長がショックを吸収する役目を果たすとしても、やはり市場にダメージが及ぶのではないかと投資家は危惧している。

「保護主義は、成長減速とインフレ上昇を意味する。これは、過去最高水準にある市場にとって、これ以上ない最悪の組み合わせだ」と、ピクテ・アセット・マネジメントでチーフストラテジストを務めるルカ・パオリーニ氏は語る。

ただし、世界経済の力強さと2桁の伸びを見せる企業収益によって、市場は「かなりの影響を吸収」できるだろう、と付け加えた。

欧州連合(EU)離脱という英国の決断や、スペインからの独立を求めたカタルーニャ州の住民投票など、欧州の政治的混乱、さらには北朝鮮による核・ミサイル開発計画に対して、市場の反応が短期間で収束したことを例に挙げ、市場がどれほどの動揺に耐えられるのかを、パオリーニ氏は指摘した。

保護主義は目新しいものではなく、米国の専売特許でもない。

2008年以降、経済規模でみた上位60カ国は、正味ベースで7000件以上の保護主義的な貿易措置を採用した、と国際法律事務所Gowling WLGによる昨年11月の報告は指摘。しかしこれらの政策も、強気な株式市場を沈静化させるまでには至らなかった。

今後の危険な火種としては、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉でトランプ氏の要求をめぐる、メキシコ、カナダ両国との協議が控えている。また4月には、貿易相手国の為替実務に関する米財務省の報告書のほか、鉄鋼・アルミニウムの輸入制限に関する決定が予定されている。

「市場が限界まで拡大していることを考えれば、(貿易ショックは)頭に入れておくべき点だ。しかし、単なる恫喝ではなく、信憑性の高い決定が下されるべきだ」とパオリーニ氏は語った。

<どんなダメージか>

大半の専門家が、今後の貿易制裁や、その副作用は限定的だと予想している。JPモルガンのアナリストは、過去においても貿易紛争は株式市場に直接的な影響を与えなかったとして、1993─95年の日本車の対米輸出を巡る日米対立を一例として挙げている。

トランプ大統領が貿易制裁の件数を2─3倍に拡大しても「高リスク市場への影響は1週間以内にとどまる」可能性があるとJPモルガンのアナリストは語り、さらに、追加的な貿易リスクを織り込んだポートフォリオ調整は行っていないと付け加えた。

たとえ鉄鋼やアルミニウムに100%の輸入関税が課されたとしても、中国の輸出はわずか0.3ポイントしか減少しないが、半導体・電気通信部門における輸入制限は、中国輸出を0.8ポイント低下させる可能性があると、モルガンスタンレーは指摘する。

多国籍企業が複数国にまたがるサプライチェーンに依存していることを考えれば、米株に影響が出るのは当然だとしても、他国の市場はより大きな打撃を被る可能性がある。

米GDPの貿易依存度は28%であり、78%のメキシコ、84%のドイツに比べれば、保護主義によって失うものは少ない。世界銀行のデータによれば、中国の同依存度は34%である。

仮に米国がNAFTAから脱退した場合、来年の米GDPは0.5%低下するが、メキシコの場合は約1%低下する。さらに、メキシコ経済は2022年までに2%縮小する可能性があると、オックスフォードエコノミクスは試算している。

しかし、モノの貿易における米国赤字の4分の3は、中国や韓国、日本を中心とするアジア諸国が相手であり、世界輸出全体の3分の1以上もアジア諸国によるものだ。米国の貿易赤字では、年間3700億ドルに上る対中赤字が最も大きく、トランプ大統領やロス商務長官はここに目を付けることになるだろう。

貿易相手国が報復として、米製品の購入を減らす、あるいは2010年に中国が日本の電気メーカー向けレアメタル輸出を禁止したように、米企業向けの部品供給を停止する事態を招けば、米国も打撃を受ける、と一部のアナリストは警鐘を鳴らす。

もう1つ心配なのはドル安によって、米国の輸入コストが上昇し、インフレを加速させることだ。米金利上昇のペースを加速し、上げ幅を拡大することで、株式市場に悪影響を及ぼす可能性がある。

「現在の(株価)バリュエーションを考えれば、貿易紛争の勃発は重大な意味を持つ」とアバディーン・スタンダード・インベストメントのグローバル戦略を指揮するアンドリュー・ミリガン氏は語る。「トランプ大統領は貿易戦争が、米株にダメージを与えるというアドバイスをたくさん受けているはずだ」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中