コラム

岸田政権は潔く国葬を撤回せよ

2022年09月15日(木)16時17分

岸田首相も、国葬の判断を早まったと感じているかもしれない  Eugene Hoshiko/REUTERS

<さまざまな計算違いでここまで大ごとになってしまった国葬問題で試されているのは、岸田首相の「撤退力」だ>

7月8日に銃撃事件で亡くなった安倍晋三元首相の「国葬儀」が9月27日に行われる予定だ。しかし法的根拠の曖昧さや旧統一協会問題への関心への高まりにより、世論調査では国葬に反対する声が多数派となった。当初目論まれていた海外の大物政治家の弔問もほとんどない。反対する声を押し切って国葬を強行する意味はあるのだろうか。招待状の発送など国葬の既成事実化が進んでいるが、今からでも止めたほうが岸田政権のためでもあるのではないか。

銃撃当初のムードが一変

筆者は7月に「安倍元首相の国葬に反対する」という記事を出した。安倍晋三元首相の功績には論争の余地があり他の首相経験者に対して特別扱いする根拠はない。また安倍元首相は在職中、立憲政治への挑戦を数多く行ってきた。そのような人物を、民主主義のシンボルとして国民の人格的統合のために利用するのは、まさに民主主義の理念に相応しくない、という内容だ。

筆者がこの主張を行った時点ではそれほど国葬反対の声は大きくなかったように思われる。しかしその後、旧統一協会問題が大々的に報道されるようになったころから、それに比例するかたちで国葬反対の声は大きくなり、各種世論調査では8月ごろになると賛成を上回るようになった。

国葬の理由を提示できない日本政府

岸田首相は、安倍元首相の国葬を早々に決断したことを後悔しているかもしれない。ここまで国葬反対の声が大きくなるとは、事件直後の感情的なムードからは考えられなかっただろう。事件直後は「民主主義を守れ」というスローガンが、国葬を実施する一つの根拠となっていた。しかし犯行の動機が政治的な対立によるものではなく、旧統一協会絡みの私怨であったことが明らかになるにつれて、そのスローガンは虚しいものになっていった。

日本には国葬について定めた根拠法がなく、従って例外的に国葬を執り行うためにはしかるべき手続きを踏む必要がある。少なくとも財政民主主義の観点からいえば、国葬には国費が投入される以上、国会の議決は必須だろう。しかし岸田政権は国葬を閣議決定のみで決めてしまった。そのような手続きの軽視については当然ながら批判が集まる。これを覆すには、安倍元首相の国葬は閣議決定のみで事足りるという、誰もが納得するような自明性と緊急性がなければならない。

しかし、岸田政権はどちらも提示できていない。安倍元首相の事績を手放しで絶賛するのはコアな支持層だけであり、また国葬は急いで決めなければいけない性質のものではないからだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スペースXの上場計画を投資家は歓迎 史上「最も熱狂

ビジネス

世界のEV販売台数、11月は24年2月以来の低い伸

ワールド

トランプ氏、議決権行使助言会社の監視強化を命令

ワールド

ブルガリア内閣が総辞職、汚職まん延への抗議デモ続き
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 3
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 4
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 5
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 8
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 9
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 10
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story