コラム

【2021年の重要課題】日本の右派ポピュリストが進める改憲論議に乗ってはいけない

2020年12月29日(火)17時42分

民主主義の本質は、統治する者とされる者の同質性、つまり人民を統治する者は人民自身だということである。ところが、憲法はその統治者としての人民をも拘束する。極端な話、人民の決定が常に正しいと仮定すれば、憲法はいらない。君主であろうが、人民に選ばれた代表であろうが、その決定は常に正しいわけではないと仮定するところに、憲法が権力者を杓子定規に縛る意義がある。

国家をかたちづくるのは、人ではなく法である。だから、仮に憲法96条を用いてその改正を試みたとしても、日本国憲法の核心部分、いわゆる3大原則としての「国民主権」、「平和主義」、「基本的人権の尊重」、および改正条項それ自体は変更できない。

もちろん、民主国家である以上、国家をかたちづくる法の根源には、憲法制定権力としての人民の意志が前提に置かれなければいけない。しかし憲法制定権力とはあくまでも、革命でも起こらない限り現前しえない始原的な力なのであって、構成された権力、つまり既に出来上がった根本規範としての憲法典の改正を議論するための根拠とはならない。

単なる政策課題(サイバースペースや食料安全保障)を憲法の領域に持ち込むような安易な改憲論は、憲法の価値そのものを軽んじているといえる。

問題は法規範体系への敬意の喪失

国民を愚民視している例として山尾議員は憲法9条を持ち出す。戦争放棄をうたい、戦力の不保持を明記しているにもかかわらず、日本には自衛隊がある。これを「理想と現実の曖昧さ」といいう言葉でごまかして国民を憲法論議から遠ざけ、「役人や政治家や学者」がその実質を決めることを許容した結果、集団的自衛権を行使可能な法案が通るに至ってしまったという。

だが、憲法9条と自衛隊の関係は、単なる「曖昧」な「大人の知恵」なのではない。憲法学者の石川健治が主張するように、戦後政治の微妙な力学のもと、憲法9条は軍事組織の正統性を剥奪することで、その暴走や歯止めなき拡大を防いできたのである(注1)。

現実に起きうるあらゆる事態を法規範の中に全て盛り込むことはできない以上、法はどこかで解釈される必要がある。しかしその解釈は無限に自由なわけではない。解釈の範囲は、その条文や法体系の一貫性によって規律されている。政治の力で横紙破りをすることは許されない。ところが日本学術会議の人事問題では、この横紙破りが堂々と行われたのだ。

現在の日本において憲法政治が危機に陥っているとすれば、それは法の条文が現実に合っていないからではなく、権力者がこうした法規範体系を尊重しないからだろう。たとえいかなる曖昧さを排除した法規範体系があったとしても、法規範体系を無視するような政治の力があって、人民の側がそれを容認するならば、権力者を制御することはできない。

注1:石川健治「軍隊と憲法」『立憲的ダイナミズム』岩波書店、2014年、p125-126

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

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