コラム

国連「水の人権」決議の無意味さ

2010年07月30日(金)16時40分

 国連総会は7月28日、「清潔な水を利用する権利」を国際的な人権として認めると決議した。長らく活動家たちが要求してきた権利で、既に南アフリカなど法制化されている国もある。水の人権を宣言することで、世界中の市民が居住地域や経済状況、そのほかの条件に関わらず、文字通り必需品である水を手に入れることができるようになるという考えだ。

 まったく賛成。だが水の権利は単純に法制化できるものではない。地球上のすべての人々に清潔な水を行きわたらせるためには、水市場と供給システムを整備しなくてはならないが、もし水の権利があらゆる場面で適用されれば、逆に供給システムの普及の妨げになる可能性がある。

 我慢して読んで欲しい。私は心ない欧米人ではない。ここに1つの難問がある。すべての人間には水が必要だ。企業、産業、政府、発電所、そして経済的な富を生み出すすべての活動もまた水を必要としている。これらの機関にとって水は経済的な価値を持つ(人間にとっても食べ物と同じように水には経済的価値がある)。

 そして経済的価値を生み出すすべてのモノと同様に、水が無制限に供給されることはない。つまり何であれ、個人や企業が使用できる量には限りがある。

■低過ぎる水道料金が浪費を生む

 ここに人権を持ち出すとややこしいことになる。一般的に人権には値段は付かず、使用量に制限もない。現在の世界のほとんどの場所ではそれが常識だ。そして世界のほとんどの場所には清潔な水が行き渡っていない。

 アメリカのように水の価格が低いところでは、産業界の過剰使用が重大な問題になっている。米西部の各州は水の価格が安過ぎることで農業への使用が急増。水が粗末に扱われた結果、カリフォルニア州は水不足に直面している。

 近年劇的に清潔な水が行き渡るようになった世界の国々のうち、チリやイギリス、オーストラリアのように安過ぎる水道料金を値上げしたところもある。料金の値上げは水を大切に賢く使うことにつながる(個人使用と商業使用の料金設定を変えるなど、経済的条件によって料金を分ければ特に効果的だ)。料金値上げというインセンティブが働くことで、民間水道会社はさらに多くの市民に水を供給するようにもなる(助成金や税制優遇が必要な地域もあるかもしれないが)。

 より多くの人が蛇口から水を飲めるようになるには結局こうした努力によるしかないし、それが本来あるべき姿のはずだ。

----エリザベス・ディキンソン
[米国東部時間2010年07月29日12時28分更新]

Reprinted with permission from "FP Passport", 29/7/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FRBに2.5%の利下げ要求 「数千億

ビジネス

英ポンド上昇、英中銀の金利軌道の明確化を好感

ワールド

スペースX「スターシップ」、試験飛行準備中に爆発 

ビジネス

ECB、インフレ目標達成に向けあらゆる努力継続=独
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディズニー・ワールドで1日遊ぶための費用が「高すぎる」と話題に
  • 4
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 5
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 8
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    電光石火でイラン上空の制空権を奪取! 装備と戦略…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 10
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story