コラム

「竹島・独島」騒動で伝えられない日韓の実像

2012年09月27日(木)17時02分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔9月19日号掲載〕

 ソウル大学での講義を終えて、2カ月ぶりに東京に戻ってきた。「日韓の境界人」を自任してきた僕だが、今回は初めて日本に戻るのが怖かった。新大久保では反韓デモも起きたようだし、大学での授業もやりづらいことだろう、と。

 ところが飛行機から眺めた日本の風景に、思わず胸が熱くなってしまった。秀麗な山並みときれいに整備されたつつましい田園風景に妙に感動したのだ。

 韓国で国家主義的な報道に浴していると、日本在住25年の僕ですら、日本にはナショナリストを装った原理主義者や韓国への反発を利用するポピュリスト的政治屋が闊歩しているかのような幻覚に襲われてしまう。だがこんな美しい風景を見ると、そこで暮らす普通の人々の良識を信じずにはいられない。実際、僕の周囲の人たちも前と変わらぬ態度で接してくれた。やはり何事も直接行ってみて、触れてみることが大切だ。

 とはいえ、やはり日韓を襲った嵐の痕跡はあった。本誌9月5日号の表紙もその1つだ。「暴走する韓国」というタイトルと例のサッカー選手の写真。正直なところちょっと残念に思った。

 報道やネットの情報だけを基にした相手の姿は僕が韓国で感じていたのと同様、真実とは限らない。これだけは言いたい。「暴走」したのは李明博(ここではMBと呼ばせてもらう)だ。天皇への唐突な発言も、政権の総意を受けたものではなくMB個人のものだ。

 韓国人の8割がMBの行動を支持したと報じられるが、僕の周りでは政権末期の「悪あがき」との見方が圧倒的だ。失政と汚職、強権政治でMBの人気と信認度は地に落ちて久しい。しかもニュースの主役は既に大統領から、年末に行われる大統領選の候補者たちに移った。

 それに中国と違い、韓国では大規模な反日デモは起きていないし、庶民の関心は「独島」より、続発しているおぞましい性犯罪や通り魔事件や台風からわが身を守ることに向いている。保守系の朝鮮日報ですら、日韓の市民交流の記事を何度も掲載し、「独島」をあえて訪問しなかった歴代大統領の知恵を高く評価した。韓国全体に「独島愛」や反日が広がっているかのような報道は実情とそぐわない。

 先のサッカー選手についても、英雄というより犠牲者との見方もある。MBが日韓戦当日に独島を電撃訪問したことが、兵役免除に酔った1人の若者を刺激してしまったというのだ。彼の兵役免除も、プレーでの貢献と同情論からが大きい。

■日韓の衝突を喜ぶのは誰だ?

 日本で紹介されない韓国の論理についても言いたい。まず「独島愛」について、00年代に入ってこの傾向が強まったのは、日本が「棚上げ」されていた竹島の領有権を声高に主張し始めたからという側面もある。韓国の行動は日本の行動への反発だと、少なくとも韓国人は考えているということは知っておくべきだ。

 次に、韓国が日本に抱く反感の根底には、中国やロシアに対する態度との相違がある。日本は中国には弱腰なのに、韓国には強気だと受け止められている。反日感情があるとすれば、それは「日本は韓国をいまだにバカにしている、見下している」とみられているからだ。

 だが、それは韓国も同じ。中国に対しては韓国人が拷問を受けたとされる事件が起きても何もできないくせに、日本には強気一辺倒。これでは日本の心情が害されるのも仕方ない。要は、日韓とも中国には強く言えない鬱憤を互いにぶつけ合っているのだ。実に情けない構図だ。日韓の衝突を喜んでいるのは誰だろう。

 日韓の喧騒は猛暑と五輪、選挙と「8・15」が重なった特殊な時期だからともいえる。もう一度、日韓が切磋琢磨し世界の舞台で競った1カ月前に戻ろう。韓国サッカー初の銅メダルには池田誠剛コーチの功績も大きかった。これぞ日韓の現実であり、あるべき姿だ。

プロフィール

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・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
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・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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