コラム

それでもお上に従順な日本の「おしん」たち

2011年06月14日(火)10時47分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔6月8日号掲載〕

 統治者にとって日本ほどのパラダイスはないだろう。未曾有の大震災に見舞われても被災者は先の見えない避難所生活に耐え、子供たちはけなげな笑顔を忘れない。水が売り切れたスーパーの棚を見ても、なぜ海外から早急に輸入しないのだと政府に不満の声が上がることもなく、代わりに人々は買い占めや風評被害、国外や西日本への「逃亡者」を糾弾する。

 原発事故の深刻さを海外メディアに指摘され、お上と東京電力に情報公開や迅速な対応を求めながらも、彼らを信じて「耐えるしかない」と自分に言い聞かせる。

 しかし、ドラマ『おしん』さながらの忍耐力を世界から称賛されてきた日本人の我慢も限界を迎え、不安と怒りが徐々に臨界点に達しようとしている。情報の透明性をより強く求めるようになり、放射能に関する国の基準にも異議を唱えるようになった。これはむしろ、ようやく日本人が震災のショックから少し立ち直り、正気を取り戻している証拠だと私は感じている。

 極端な言い方をすれば、原発事故後の日本政府はまるで、かつては裕福だったが今は崩壊しかけた家に住む一家の家長のようだった。周囲(外国)からは、あなたの家(日本)には深刻な問題がある、このままでは事態はさらに悪化するので早急に子供たち(国民)を避難させ、支援を求めるなどの手段を講じなさいと勧告される。

 だが「うちの子は大丈夫です」「うちの方針がありますので」「うちの伝統と技術は素晴らしい」と言い張っては、汚染物を黙って垂れ流している感じだった。国民や周辺国の住民の安全より、官僚や東電のメンツのほうが大事なのだろうか。

反原発が盛り上がらない日本

 当初、原発に関する海外メディアや諸外国の反応は、行き過ぎでひどいと思った人も多いだろう。だが結局は、1号機から3号機まですべてでメルトダウンが起きていた可能性が指摘されるなど、当初の政府発表より事態はずっと深刻だったことが判明した。

 放射能汚染、脅かされた食の安全、政府・東電の無能ぶりとリーダーシップの欠如、真実を暴かないメディア......。こうした現実を前に、安全のため自衛策を講じる人や「帰省・帰国」組をどうして責められようか? 日本人は、官僚や東電のメンツや原発の利権に群がる人のために、自らと子供たちの将来を犠牲にすることはない。

 これまで日本国民は怒りの矛先を間違った方向に向けていたのではないだろうか。放射能の問題が深刻なのは事実だ。それほどリスクの高い原発に依存しているという現状を、真剣に悩むことのほうが自然だ。

 唯一の被爆国であり、地震と津波から逃れられない日本で、反原発の声がドイツや韓国よりも盛り上がらないことは理解に苦しむ。安全保障の観点からしても、原発がピンポイントで攻撃されたらアウトだ。これは政治的イデオロギーの問題ではなく、命に関わる問題だ。

 リスクマネジメントの基本は「多角化」にある。先日、日中韓3国首脳会談が行われたが、この枠組みは日米関係に偏重しがちな日本外交が多角化を図る上で戦略的に重要だ。エネルギーについても多角化を目指し、原発依存の体制から脱却すべきだ。

 そもそも原発が本当に安全だと言うのなら、原子炉に推進者の名前を付けよう。1号機、2号機だとピンとこない。安全と言い張っているのだから、名前を付けられれば本人にとっても名誉なはずだ。

 日本では政治的リーダーシップの欠如が指摘されて久しい。リーダーに資質がないと言えばそれまでだが、実は従順な「おしん」たちが甘やかしてきた側面もあるのかもしれない。日本のおしんたちよ、もう我慢しなくてもいい。不満や怒りはため込まずに放出して冷却させたほうがいい。臨界点に達して社会全体がメルトダウンする前に。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

高市首相「首脳外交の基礎固めになった」、外交日程終

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 8
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story