コラム

東京の人と街を彩る完璧な服装という「鎧」

2011年04月11日(月)08時30分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

 東京ではよく完璧な女性に出会う。電車の中や道で擦れ違いざまに、うっとりするほど完璧な女性を見掛ける。といっても、この人と生涯を共にしたいと思うわけじゃない。一分の隙もないほど完璧な服装の女性という意味だ。東京にはそんな女性があふれている。

 驚くほど完璧なファッションの女性を一日に何度も見掛ける。細部まで計画し配置し磨き上げたかのようだ。ハンドバッグも靴もイヤリングも服もばっちり決まっている。携帯電話の色までぴったりだ! 東京の靴は世界一ぴかぴか。東京では何でも「完璧であること」が重要だ。

 完璧に決めた女性を見るたび、どのくらい時間がかかるんだろうと思う。冬は帽子やスカーフやコートも加わるから、さらに大変だ。なのに360度どこから見ても完璧。後ろはどうやってチェックするのか。きっと自宅に複雑な仕組みの鏡があるに違いない。たとえ地震で鏡が割れても何のその。完璧さを追求する気持ちはかえって強くなるだろう。

 女性だけじゃない。先日通り掛かったビルの建設現場では、掘削機を動かしている人もセメントを混ぜている人も、みんな清潔なシャツを着ていて、地下足袋から靴下がはみ出してもいなかった。「ハチマキ」の色まで服と合っていた。

 近所のつけ麺店でも、カウンターで一番だらしないのはたいてい私だ。よれよれのジーンズにくたびれたオーバーシャツを着ていたせいで、自転車でジムに向かっているとき、警察官に何度止められたことか! 

■「カジュアル」にも完璧を求める

 東京に来たばかりの頃は、街じゅうどこも身なりのいい人だらけなので、都市計画委員会の指示なのかと思ったくらいだ。どうしてなのか、いまだに不思議だ。身だしなみの良さは、ビルやインテリアや街並みと同じくらい独特で驚くべき、東京ならではの特徴の1つだ。

 東京で暮らすようになって、私の服装は少しはましになった。最初の数年間は学生よりひどかった。今はそれなりに気を配っているから、学生の学習意欲も向上しそうなものだ。ジョギングウエアはまだまだだが、庭いじりのときは専用の帽子と手袋と長靴を身に着けているので、庭は今までより小ぎれいになりそうだ。

 アメリカは頓着しない国だ。アメリカ人は特別な日はばっちり決めるが、普段はカジュアル。どう思われようと気にしない、自分が着たいものを着てるんだ、という意思表示だ。ジーンズが定番のアメリカ人としては、東京ではきょうは教会に行く日だっけ? と思う朝もある。

 だから高校生がシャツの裾を出して、ズボンを腰ばきしたり、セーターをダボつかせていたりするのを見ると、少しほっとする。ブティックや雑誌でもカジュアルなスタイルを見掛けるが、それさえもある種の完璧さに見える。ドレッドヘアには必ずコットンパンツと絞り染めのシャツ。東京ではカジュアルまでが完璧なのだ。

 東京の人々の完璧な装いは、まるで街じゅうがフォーマルなパーティーに招かれたような印象を与える。丁寧過ぎる敬語のように、よそよそしさを感じさせることも。パリの素晴らしいファッションやニューヨークのパワースーツと比べて、東京の服装にはどことなく社会的義務も感じられる。プライドと趣味の良さが半々、それに虚栄心を少々という感じだ。

 服装が自分を守る美しいだとしても、その素晴らしさは変わらない。民芸品に通じる「用の美」を求める一方で、着物の美学を現代風に表現してもいる。卒業式や結婚式などで、多種多様な色彩やディテール、風合いが予想外の視覚的調和を生み出すさまに、私はいつも感嘆する。

 パーティー会場の着物のように、完璧な服装は個人を飾るだけでなく、東京の眺めを形作る。一瞬の完璧さを際立たせ、目を楽しませ、ほかの都市とはひと味違う経験をさせる。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、3代目「リーフ」を米で今秋発売 航続距離など

ワールド

ロシア安保高官が今月2回目の訪朝、金総書記と会談 

ビジネス

アングル:日銀、経済下押しの程度を注視 年内利上げ

ワールド

トランプ氏、ミネソタ銃撃事件で知事への電話拒否 「
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染みだが、彼らは代わりにどの絵文字を使っている?
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 8
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 9
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 10
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story