コラム

ニッポン政治の「ルノワール症候群」

2009年07月21日(火)13時40分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 私が感嘆してやまないのは活気あふれる民主主義だ。フランスやアメリカ、日本に近いところでは台湾や韓国といった国では、人々は民主主義のために生きている。民主主義のために戦い、自分のスタンスを明確にする。反対したり、支持したり。主張することを恐がらない。

 フランスでは、選挙に投票しないとダメな奴だと思われる。投票することで権利を行使すべきだ、過去にこの権利を勝ち取るために死んでいった祖先のためにもムムそんな考えが根付いているからだ。

 だが、フランスの政争も、韓国の激しさと比べればたいしたことはない。私が前回ソウルを訪れたときには、野党議員が立法阻止のために国会に立て篭っていた。議事堂に入るために、チェーンソーを持参した議員までいた! この日に私が取材した議員たちは皆、包帯を持ち歩いていた。
 
 ご存知かと思うが、今年5月に自殺した韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の葬儀では、盧を死に至らしめたのは政敵だとして、彼らを棺に近付けなかった。
 
だが東京では、これほどの政治への情熱を目にするのは難しい。この国では、選挙は他人事でくだらない存在。候補者はマジシャンのような白い手袋をはめ、小型バス(選挙カー)に乗って自分の名前を叫びまくる。彼らはちゃんとした政策を持つ必要なんてない。

 タブー化している議論もある。例えば、死刑廃止に賛成する「死刑廃止を推進する議員連盟」は、役員以外の名簿を公開していない。死刑廃止に賛成したことで、自分の政治生命が脅かされるのが恐いのだろうか。これほどの意気地なしを聞いたことがない。

■与えられた民主主義は大切にしない?

 日本では、立候補に必要なのはポスターに載せる自分の顔だけらしい。最高に
ショックなのは、彼らに気品がないこと。国民のことなどどうでもいいと言わんばかりの態度だ。ユニクロやヨドバシカメラの店員が彼らのような服を着たり、振る舞ったりしたら、即刻クビだろう。まず、スーツが最悪。ワイシャツもヘンテコ。ポスターの写真を撮るカメラマンの腕もヒドイ!

 小泉純一郎元首相率いる自民党が05年の総選挙で大勝したとき、小泉のポスターの鼻の下には黒いブツブツが映っていた。写真データを修正するソフトもなかったのか!

 ここまでひどいと、ある疑問にぶち当たる。どうして日本の政治はこんなに退屈なのか。

 第2次大戦前の日本では、政治論争はとても活発だった。大正時代は、熱い政治議論が繰り広げられた時期として記憶されている。東京大学のある憲法学者は、うらやましげに私にこう言ったことがある。「当時は無政府主義者の政党まであった」

 だがこれは過去の話。NHKにチャンネルを合わせると、70年代で時が止まったような昔風の喫茶店「ルノワール」に足を踏み入れた気になる。マスターは森喜朗元首相。何百人もの記者が同じ質問をして同じ写真を撮り、次の日には同じ記事が各紙に載る。

 このやる気のなさは、どこから来るのだろう。もしかしたら、戦後の日本は民主主義を外から提供されたからなのかもしれない。韓国や台湾と違って、今の日本人は民主主義のために闘う必要がなかった。自分が勝ち得たものは大切にしても、誰かにもらったものは大切にしないものだ。

 この点で言うと、韓国のように民主主義のために闘う「チャンス」がなかったのは、日本にとっては逆に痛手なのかもしれない。そのせいで、日本政治はルノワールから抜け出せずにいる。外の世界から閉ざされて、変わらない風景のまま――。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-アングル:米のロシア産原油購入国への「2次関

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値、米EU貿易

ワールド

トランプ氏、スコットランド到着 英首相やEU委員長

ワールド

トランプ氏「米国産牛肉は世界最高」、豪のバイオ規制
MAGAZINE
特集:山に挑む
特集:山に挑む
2025年7月29日号(7/23発売)

野外のロッククライミングから屋内のボルダリングまで、心と身体に健康をもたらすクライミングが世界的に大ブーム

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 3
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安すぎる景色」が話題に、SNSでは「可能性を感じる」との声も
  • 4
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 5
    機密だらけ...イラン攻撃で注目、米軍「B-2ステルス…
  • 6
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 7
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「電力消費量」が多い国はどこ?
  • 9
    アメリカで牛肉価格が12%高騰――供給不足に加え、輸入…
  • 10
    羽田空港に日本初上陸! アメックス「センチュリオン…
  • 1
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人口学者...経済への影響は「制裁よりも深刻」
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞の遺伝子に火を点ける「プルアップ」とは何か?
  • 4
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 5
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 6
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 7
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 8
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 9
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 10
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 6
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 7
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story