コラム

「ビッグデータ」ジャーナリズムの条件

2013年08月31日(土)13時53分

 最近は何かと「ビッグデータ」が取り沙汰されているが、ジャーナリズムの分野も例外ではない。「データ・ジャーナリズム」、つまり報道にデータを組み込むことの有用性が強調されるようになっているのだ。他の職業と同じく、これからはデータを扱えなければ、ジャーナリストも説得力がなくなるということだ。

 では、データ・ジャーナリズムとはどんなものを指すのだろうか。

 最近、グローバル・エディターズ・ネットワーク(GEN)という世界各国の新聞や雑誌報道の編集長らが加盟している組織が、「データ・ジャーナリズム賞」受賞プロジェクトに選んだ例で説明しよう。

 イギリスの新聞ガーディアンは、以前からデータ・ジャーナリズムに力を入れているのだが、同社はアメリカ各州で認められている同性愛者の権利を、インタラクティブな円グラフにして比較して見せた。結婚、配偶者としてのパートナーの病院訪問、養子受け入れ、雇用平等、賃貸平等、ヘイトクライムの禁止、学校でのいじめ禁止などがどの程度法的に確保されているかを、州ごとに細かく見せたものだ。それを一覧すると、ワシントンDCやコネチカット州などがある北東部では同性愛者の権利がかなり確立されている一方で、南東部や中西部ではごくまばらにしか確保されていない様子が一目瞭然にわかる。

 BBCは、自分の収入や貯金額、交友関係、文化的な活動内容などから、イギリスの現代の階級システムのどこに属すかがわかるようなインタラクティブ・アプリケーションを開発した。これは、16万人以上の調査から導き出された新しい階級分類を提示したものである。

 それ以外にも、フランスのウェブサイトQuoiは、2008年から2012年までに売買されたアート作品を、年代別、価格別、作者の性別、取引された都市別など、いくつもの条件によってインタラクティブにビジュアルに引き出せるようなしくみを作っている。条件を選び直すごとに丸いバブルの集合が、ほどけては再編成される動きも楽しい。

 受賞はしなかったものの、アメリカでもニューヨークタイムズやシカゴ・トリビューンがデータ・ジャーナリズムではかなり先鋭的な試みを連発して知られている。

 このように、シリアスな政治社会問題から文化状況まで、データ・ジャーナリズムが活躍している領域は広い。データ・ジャーナリズムの特徴は、文字だけの記事で長々と説明する代わりに、翳りのないデータがビジュアル(図、表、インタラクティブなしくみ)で表現され、一見して理解できること。そして、いろいろな角度からデータを引き出せるので、ひとつの事象も多面的に理解できることだ。

 それを可能にするためには、ただの一面的な統計を見せるのではなく、数々の異なるタイプのデータを背後でつなげ、「マッシュアップ(複合)」することが必要だ。つまり、異なるデータの間に何らかの関連性を見いだして、データを正しく組み合わせ、もっともわかりやすい方法で見せるという技能が求められるのだ。

 このデータ・ジャーナリズムは、ジャーナリズム自体のあり方も変えている。

 そのひとつは、ジャーナリストがチームを組まなければデータ・ジャーナリズムは達成できないこと。数々のデータを探し出してきて、そこから報道すべき内容を浮き上がらせる記者がいて、そのデータをどう関連させてインタラクティブな方法で見せれば読者に通じるかを考えるプログラマーがいて、それをどんなビジュアルで表現するかを練るデザイナーがいる。これまでジャーナリストと言うと、ほとんどの場合が個人プレーだったわけだが、それがデータ・ジャーナリズムでは変わってきているのだ。

 また、読者との関係も変わる。これまでは記者が一方的に語る物語を読者が読むという構図だったが、データ・ジャーナリズムでは、記者が論点となる枠組みを語り、読者はそのさまざまな側面をデータをインタラクティブに操作しながら、積極的に模索していく。読者はただの受け身な存在ではなくなるのだ。

 こうしたデータ・ジャーナリズムが成り立つためには、そもそも多様なデータがオープンにされていなければならない。この点では、アメリカ政府の「data.gov」というサイトは大変に進歩的だ。財政、人口統計など、さまざまな政府機関が持つデータをここに集めてオープンにしているのだ。「生のデータを提供しますから、あとはいかようにも加工して下さい」というスタンスである。一歩進んだ情報開示の方法を実践していると言える。

 インターネットによってジャーナリズムの存在が脅かされているが、インターネットによって新たに生まれたジャーナリズムの姿もある。データ・ジャーナリズムはそのひとつ。これがこれからのジャーナリズムを引っ張っていく可能性には、かなり期待できると思うのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

情報BOX:パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRB、5会合連続で金利据え置き 副議長ら2人が利

ワールド

銅に50%関税、トランプ氏が署名 8月1日発効

ワールド

トランプ氏、ブラジルに40%追加関税 合計50%に
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 5
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story