コラム

「.toyota」 もオーケー、ドメイン自由化の錬金術

2011年06月23日(木)12時02分

 インターネットのドメインネームを管理するNPOであるICANNが、トップレベル・ドメインを自由化すると決定した。

 トップレベル・ドメイン(TLD)とは、「.com」や「.org」「.gov」「.edu」など、インターネットのURLの最後についている部分のこと。TLDの数は、ドメインネームが生まれた当初から少しずつ増え、現在は22あるという。今回の決定は、その22種類に限らず、何でも好きな文字を組み合わせてTLDを登録していいというものである。

 このニュースを聞いて、「まるで錬金術みたいだな」と感じずにはおられない。つまり、ICANNの金儲け目的以外に、あんまり本質的な意味がないのではと思うのだ。

 ICANNがTLDを開放する理由は、「次世代のクリエイティビティーとインスピレーション」を刺激するため、ということになっている。確かに、あらかじめ定められたもの以外に、ハッと驚くようなTLDがいろいろ花咲く可能性はあるだろう。

 たとえば、「www.drink.coke」とか「www.ride.prius」とかいうのが出てきて、企業がそのブランド独自のおもしろいサイトを設けることもできるようになるかもしれない。あるいは、「.money」とか「.music」とかいったTLDを保有する新ビジネスが登場して、銀行やミュージシャンを束ねたサイトを運営することも可能になる。「.tokyo」や「.newyork」を運営して、地元の商売のうまいアグリゲート方法を考えるアントレプレナーが出てきてもおかしくない。TLDが自由化されるだけで、「へぇー、こんなビジネスの方法もあったか」と感心させられることも多々出現するだろう。

 だがその一方で、いろいろ不愉快なことが起こる予想もつくのである。そして、そちらの方が、実は多いのではないかと思う。

 たとえば、われわれユーザーにとっては、いやおうもなく混乱度が高まるだろう。

 というのも、現在われわれはTLDをその組織を判断する手がかりにしているからだ。「.com」ならば企業、「co.uk」ならばイギリスの企業、「.edu」ならば学校関係で、「.org」ならばたいていNPOのような組織と見分けがついた。

 それ以外にも、「whitehouse.gov」はホワイトハウスだけれども、他方「whitehouse.com」はよく知れた名前を借りて金儲けしてやろうとたくらむ怪しげな存在である、という判断も下していたわけだ。ところが、TLDの種類がほぼ無限に広がると、そうした判断が利かなくなる。

 また、現在のドメインネームでもすでに暗躍している「ドメイナー」が、また活性化することも想像に難くない。ドメイナーとは、ドメインネームを買いあさって、後で高く売りつける商売のこと。彼らはすでに、「.car」「.city」「.world」などをいち早く手に入れて、転売しようとたくらんでいるだろう。他人の商売に口出ししたくはないが、社会貢献度が低いこの手のビジネスが花咲くことには、いまひとつ感心できない。

 著作権争いも激化すると考えられている。「.toyota」や「.mcdonalds」は一体誰のものだろう、という問題だ。

 いずれにしても、ICANNはこれで莫大な売り上げを手にする。というのも、新しいTLDの登録には何と18万5000ドルの登録料と、年会費2万5000ドルがかかるからだ。現在のドメインネーム登録はほんの数10ドルで済んでいるのと比べると大きな違いである。世界的な企業は自社の名前のついたTLDを見逃すことはできないだろうから、かなりの数の登録が行われるはずだ。

 今やユーザーはURLを入力するのではなく、検索して求めるサイトにたどり着くことが多いが、それでも企業にとっては自社ブランドを守るのは必須だ。従って、この自由化は企業をやみくもにTLD確保に走らせるという一面もある。またこの高額な登録費は、個人やスモールビジネスなどは、ICANNが提唱する「次世代のクリエイティビティーとインスピレーション」からははじき出されているということを意味するわけで、これもちょっと残念だ。

 それにしても、URLの最後の数文字を開放するだけで大きな儲けが上げられるのだから、まさに錬金術というのにふさわしい。ICANNがこの資金をもとに、今後有益な方法でインターネットの発展を後押ししなければ「ウソ」である。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米、高金利で住宅不況も FRBは利下げ加速を=財務

ワールド

OPECプラス有志国、1─3月に増産停止へ 供給過

ワールド

核爆発伴う実験、現時点で計画せず=米エネルギー長官

ワールド

アングル:現実路線に転じる英右派「リフォームUK」
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story