コラム

イラクのアラブ復権を阻むバハレーン情勢

2011年04月15日(金)15時50分

 アラブ諸国の動乱が続くなかで、ひとり頭を抱えている国がある。イラクだ。

 八ヶ月もの空白期間を経て、昨年11月にはなんとかマーリキー政権の続投でまとまり、新政権の閣僚ポストも2月には大半が埋まった。選挙から一年も経てようやく新政権の体をなすことができたが、そこにはひとつの大きな目標があった。イラク戦争後、初めてバグダードでアラブ首脳会議を3月に開催することが決められていたからだ。

 サミットまでにはまともな政権を、と頑張ってきたというのに、思わぬところから障害が発生したのが、チュニジア、エジプトに始まるアラブ諸国の大変動である。いずれの国も内憂を抱えて動きがとれず、サミットは5月に延期されることとなった。

 ところが今週になって、延期された会議をキャンセルせよ、という声が強まっている。要求しているのは、サウディアラビアを中心とした湾岸諸国だ。

 原因は、バハレーン情勢である。政治参加の拡大を求めるバハレーンでのデモの拡大に対して、3月14日にバハレーン王政はGCC軍に派兵を求めた。それに呼応して、サウディアラビア軍とUAE軍が派遣された。湾岸諸国は、スンナ派社会中心の王政護持という目的で一致し、その一角がバハレーンから崩れることを危惧したのである。

 この「軍事介入」に、周辺国のシーア派社会が敏感に反応した。サウディ政府に、「派兵の代価は大きい」と威嚇するようなコメントを行ったイラン政府はむろんのこと、イラクやレバノンなどのシーア派社会からも反発の声が上がった。イラクではシーア派宗教界や反米強硬派のサドル潮流が声高にサウディを糾弾したばかりでなく、マーリキー首相も「(サウディ派兵は)スンナ派を駆りだしてシーア派に対抗させようとする、宗派対立を誘発するもの」と警告した。これに対して、バハレーン政府はバハレーン国内に滞在するシーア派レバノン人を国外追放した。「ヒズブッラーと関係あり」というのが、その理由だ。

 湾岸諸国がアラブ首脳会議のイラク開催をキャンセルしろ、と言い出したのは、シーア派擁護の姿勢を打ち出すイラク政府の姿勢に、不快感を抱いたからである。

 イラクにとってアラブ首脳会議の開催国となることは、戦後初めてアラブ世界に復権することであり、米軍の指導で成立したと思われて白眼視されてきたマーリキー政権を、アラブ諸国に認めさせるための重要なアジェンダだった。特に冷却していた湾岸産油国との関係を回復させることは、大きな課題だった。

 しかしバハレーンでの対応を巡って、再び両者間に深い亀裂が生じている。果たして湾岸諸国は宗派対立の波に覆われることになるのか。ようやく国内の宗派対立を沈静化させたイラクにとって、頭の痛い問題である。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット

ビジネス

米新規失業保険申請、3.3万件減の23.1万件 予

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story