コラム

旧ユーゴスラビア訪問雑記(その1)

2009年09月30日(水)12時00分

 この夏、初めて旧ユーゴ諸国を訪れた。セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチアの3カ国である。

 ユーゴ行きは、20年来の夢だった。20年以上前、フセイン政権下のイラクに駐在していたとき、当時のユーゴスラビア国営通信「タンユグ」通信社の記者がいて、良い友達だったのだが、当時社会主義路線をとっていたイラクでは、日本のメディアはもちろん、米英など欧米先進国の報道関係者は自由な取材ができない状態のなかで、独自の社会主義路線をとっていた当時のユーゴの通信社は、イラクでなかなか良い仕事をしていた。その彼の口癖が、「ユーゴはいいところだよ、自然は美しいし、絶対訪ねてみなよ」。

 それから20年。イラクもユーゴスラビアも、激しい内戦と民族対立を経験した。どちらも20年前とは変わり果てた姿で、銃痕、爆撃のあとが生々しいのが、痛ましい。

 そのかつてのユーゴスラビアの首都ベオグラードの街を歩くと、どうも建物の作りが懐かしい気がする。慣れ親しんだ中東、特にイラクの街並みを彷彿とさせるところが、あちこちに見られる。イラクとユーゴスラビアがかつて「非同盟諸国会議」、つまり米国にもソ連にも寄らない、第三世界を代表するリーダー格の国だったことで、両国の交易活動も活発、人やモノが頻繁に行き来していた。そんな過去が建築様式にも反映しているのかもしれない。

 それに限らず、旧ユーゴスラビア、というよりバルカン諸国は全体に、中東に似たところが多々ある。なによりもオスマン帝国に支配された過去を持つ国だ。遺跡はもちろん、生活のあちこちに「中東」的な要素が見つかる。レストランに入ってサラダを頼めば、中東にどこでもあるキュウリとトマトのザク切りだし、デザートのプリンは卵豆腐並みに硬いところが、イラクで食べなれていたものとそっくりだ。

 一番驚くのが、カバブ。挽肉を棒状にした細長ハンバーグのような焼肉は、中東の代表的な料理だが、イスラーム圏の中東では羊肉が当たり前。それがユーゴスラビアの非イスラーム教徒の間では、豚肉なのだ。挽肉をパイ皮で包んで揚げたブリックもそのまま同じ名前で中東の定番だが、こちらも中身は豚肉である。食後のコーヒーは、挽いた豆のまま煮出すトルコ・コーヒーであっても、トルコとは言わず、セルビア・コーヒーと言う。かつての支配者の名前とイメージはなるべく払拭したいのだろう。

 確実に中東地域と繋がっていることを切実に感じさせる文物が溢れるなかで、EU加盟を夢見てひたすらヨーロッパに顔を向ける旧ユーゴ諸国。それぞれの国を訪ねながら、紛争、歴史、宗教と国際政治について、いろいろ考えさせられることが多かった。次回も、引き続き旧ユーゴ訪問雑感をしたためてみたい。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

メキシコ、第2四半期GDP速報値は前期比0.7%増

ワールド

豪小売売上高、6月は前月比1.2%増 値引きや新製

ワールド

米、パキスタンと石油開発で協力へ 協定締結=トラン

ワールド

米韓が貿易協定に合意、相互・車関税15% 対米投資
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story