コラム

アメリカの雑誌記者が直面する危険

2009年12月22日(火)17時34分

 アメリカのニュース週刊誌記者として海外に駐在することは、国によっては命がけということになります。とりわけアメリカのコメディ番組を解さないような国の場合は。

 本誌テヘラン支局のマジアル・バハリ記者は、今年6月、イランの革命防衛隊の情報部門に逮捕されました。「スパイ」の疑いをかけられたからです。その様子が、日本版12月16日号に特集されています。

「外国情報機関の工作員だ」と決めつけられたバハリ記者は、どの組織の工作員と見なされているか尋問者に問いかけます。答えは、「CIA、MI6、モサド、それにニューズウィークだ」というものでした。思わず笑ってしまう返答ですね。被害妄想に駆られると、外国メディアの仕事をしている人物は、外国のスパイに見えてしまうというわけです。

 これが、どこかの悲惨な開発途上国での出来事ならともかく、ペルシャ文明の長い歴史を持ち、洗練された文化のあるイランで実際に発生したことなのですから、驚きです。

 バハリ記者が逮捕されたのは、大統領選挙で不正があったとして市民による大規模な反政府デモが繰り広げられていた時期。腐敗した独裁政権と、その政権を支える情報機関にとっては、反政府活動をする人たちは、「海外のスパイによって扇動されたに違いない」と思ってしまうのです。

 なぜ彼は逮捕されたのか。この直前、アメリカの風刺ニュース番組の「特派員」がイランを訪れ、バハリ記者にインタビューしています。このときコメディの「特派員」は、スパイの格好をしていました。この番組を見たイランの当局者が、「バハリ記者がアメリカのスパイに情報を教えている」と思い込んでしまったというのが真相のようです。

 これを知ったバハリ記者は、脱力感を覚えてしまいますが、疑心暗鬼に捕われた尋問者は、記者の答えを信じようとはしません。

 バハリ記者はテヘラン生まれ。カナダとイギリスに留学した後、『ニューズウィーク』の記者としてテヘランに戻ってきました。その間に、イランは変貌していました。

「疑心暗鬼がこれほどイスラム共和国を内側から腐食させているとは、完全には理解していなかった。革命防衛隊は、自分たちが敵に囲まれていると本気で思っている」と、バハリ記者は驚きます。

 権力の軍事組織である革命防衛隊が、疑心暗鬼にとらわれている国家。イランの現体制が、暴力と恐怖によってしか国民を支配できなくなっていることが、一連の取調べの様子の再現で手に取るようにわかります。

『ニューズウィーク』は、人質になった記者の手記を大きく取り上げただけでなく、中東総局長が、人質を取るイランの手法を厳しく批判する解説を書いています。決して独裁者の暴力装置には負けない。そんな本誌の決意が感じられます。

 さらに別ページには、イラン旅行中に拘束された弟を待つ家族の手記が掲載されています。『ニューズウィーク』の記者は釈放されても、一般人は釈放されない。そんな実態をさりげなく紹介しています。

 自分たち『ニューズウィーク』だけが被害者ではない。まだ釈放されていない人もいるのだ。そのことをさりげなく読者に伝えようとしている『ニューズウィーク』の姿勢には好感が持てます。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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