コラム

「サイバー戦争」準備に各国取り組み

2009年05月10日(日)14時46分

日本にいると、なかなか入手できないのが、「another view」。

日本から見た世界情勢は新聞の国際面を読めばわかりますが、世界の他の国は、国際情勢をどう見ているのか、知ることは容易ではありません。もちろん英字新聞や外国のニュース週刊誌を購読すればいいのですが、「英文読解」には時間がかかります。こんなとき、「ニューズウィーク日本版」が役に立ちます。

アメリカのジャーナリストや専門家は、国際情勢をこんな風に見ているんだ、という新たな見方を得られるのです。中には、私たちから見て、「おい、おい」と突っ込みを入れたくなるような記事も散見されますが、それも含めて貴重な情報源です。

というわけで、これから隔週で「ニューズウィーク日本版」を斜め読みしていきます。読者にとって、本誌を読み解くヒントになればと思います。やはり、「おい、おい」と突っ込みを入れたくなる文章もあるかも知れませんが、それも含めて「another view」だということでご了承ください。

本誌5月6日/13日号は日本の連休対策で合併号です。映画の特集で、いかにも連休用の印象が強いのですが、「サイバー戦争」に関する記事が2本掲載されています。

「サイバー防衛は小国の知恵で」という記事は、オープン・ソサエティー財団の研究員が執筆しています。オープン・ソサエティー財団といえば、「ヘッジファンドの帝王」と評された資産家のジョージ・ソロス氏が設立した民間財団です。社会主義圏や旧社会主義圏に「民主主義」を広め、「開かれた社会」を築くために貢献しようと活動している団体です。この財団に所属している研究員の記事であり、「ニューズウィーク」編集部のスタッフライターによるものではないことを念頭に置いて読むことにしましょう。

 この記事によると、2008年6月からの10カ月間で、「ゴーストネット(幽霊ネット)」と呼ばれるサイバースパイ事件で被害にあったコンピューターの3分の1は各国の外務省、大使館、国際機関、報道機関のものだとか。そのうちの少なくとも1台は、NATO(北大西洋条約機構)の欧州連合軍最高司令部のコンピューターだったそうです。

 中国を犯人と疑う声もありますが、特定はできていないとか。こうした国際的なハッカー事件では、中国やロシアのサーバーを経由して攻撃してくるものが多く、容疑者は推測できるのですが、確たる証拠はありません。

 この記事によると、NATO加盟の7カ国は去年、エストニアの首都タリンに「サイバー防衛センター」を開設したというのです。エストニアと知って、合点がいきました。
 
エストニアといえば、ラトビア、リトアニアと並ぶバルト3国のひとつ。かつてはソ連領でしたが、ソ連崩壊直前に独立を果たし、その後は西側の一員としてEUにもNATOにも加盟しています。

 エストニアはその後もロシア離れを進め、おととしには、首都タリンの中心部にソ連時代に建造された赤軍兵士像を目立たない場所に移転させようとしてロシアが反発。ロシアからと思われる猛烈なサイバー攻撃を受け、政府機関のコンピューターがマヒしてしまった経験があるからです。

 この場所にサイバー防衛センターを設置したところに、NATOの対ロシア戦略が窺えます。

一方、本誌の「PERISCOPE」には、米軍が「サイバー軍」の創設を検討中だが政府内で縄張り争いが起きていると伝えています。

 役所が新しいことを始めようとすると、どこでも同じようなことが起きるものですね。
 
ロシアや中国からのサイバー攻撃が増加していることを考えると、両国とも秘かに「サイバー軍」を創設している可能性がありますが、ここでは役所の縄張り争いは起きなかったのでしょうか。

 NATOや米国の例を見ると、では日本はどうなっているんだろうと思ってしまうのですが、インテリジェンスやサイバースペースの世界に疎い政治家や行政官が多いお国柄。そもそも縄張り争いすら起きていないようです。

 日本も「サイバー軍」おっと、日本は専守防衛だから「サイバー防衛軍」、ではなかった「サイバー防衛隊」は必要ないのでしょうか。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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