コラム

「正社員」の幻想を捨てればイノベーションが生まれる

2015年01月14日(水)18時04分

 民主党の代表選挙が始まったが、3人の候補者がそろって「格差是正」を訴えている。これは安倍政権の経済政策で株価が上がる一方で、実質賃金が下がっている状況を踏まえているのだろう。格差を論じるトマ・ピケティの『21世紀の資本』がベストセラーになったのも、そういう背景があるのかもしれない。

 昨年末の総選挙で民主党は、「夢は正社員になること」というテレビコマーシャルを流した。代表候補の細野豪志氏は「正社員化促進法」を提案している。民主党は昨年の国会では労働者派遣法の改正を阻止し、次の国会でも労働時間の規制緩和(いわゆる「残業時間ゼロ」法案)に反対する方針だだが、それで労働者は幸福になるのだろうか。

 正社員というのは、雇用期間の定めのない「無期雇用」の社員のことだ。法律で解雇が禁止されているわけではないが、判例で実質的に解雇が不可能になっている。こういう民主党の温情主義は労働組合の意向を受け、厚生労働省の方針とも一致している。

 しかし現実は逆に動いている。正社員以外の「非正規雇用」は2000万人を超え、労働人口の38%になった。厚労省が請負契約を規制すると派遣が増え、派遣を規制するとパート・アルバイトが増える。厚労省が正社員を増やそうと思ってやってきた規制強化は、非正社員を増やす結果になっているのだ。

 すべての労働者を正社員にするのは簡単である。法律で解雇を禁止すればいい。そうすると何が起こるだろうか。たとえば牛丼屋のアルバイトをすべて正社員にしたら、赤字になっても解雇できない。時給も今の3倍以上になるので、ほとんどの店舗は閉店されるだろう。規制を強化して労働コストを上げたら、雇用が失われる。日本の失業率が低くなったのは、雇用が「非正規化」したからなのだ。

 正社員は、労働者を企業に閉じ込めて技能を蓄積する役割を果たしてきた。これは製造業が主要産業だった時代には意味があったが、今では製造業は労働人口の2割に満たない。サービス業の労働は、タッチパネルで注文する居酒屋のようにITで脱熟練化し、3日も研修すればできるようになった。

 新しいサービス業では、一つの職場にずっといることも意味がなくなる。たとえば全世界で急成長しているアメリカのUberという配車サービスは、時価総額が400億ドルを超えた。これはスマートフォンでハイヤーを配車するサービスで、このハイヤーを運転するのは普通のドライバーで、一つの企業に所属している必要はない。

 この他にもアメリカでは、宿泊や食事や清掃など、多くのサービスをスマートフォンで共有するベンチャー企業が急成長している。その共通点は固定した職場をもたず、必要なときだけ働くオンデマンド雇用でサービスを提供することだ。

 資本主義は、生産手段をもつ資本家が労働者を支配し、利潤を独占するシステムである。製造業では工場のような生産設備をつくるには巨額の資本が必要だが、今あなたのもっているスマホの性能は、30年前の大型コンピュータを上回る。今や誰もが、情報産業の資本家になれるのだ。

 非正社員を脱熟練化するテクノロジーが発達した日本は、オンデマンド雇用の先進国である。終身雇用だけが正しい社員で、それ以外は「非正規」だという幻想を捨て、契約ベースの雇用を基本とする制度設計を行なえば、日本からもUberのようなイノベーションが生まれる可能性がある。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、ウクライナ北東部スムイの国境に「安全地帯」

ビジネス

FRB利下げ再開は7月、堅調な雇用統計受け市場予測

ビジネス

トランプ氏、FRBに利下げ再要求 米経済は「移行段

ビジネス

米雇用統計、4月予想上回る17.7万人増 失業率4
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story