コラム

日本は「美しく老いる」ことができるか

2013年11月26日(火)18時28分

 円安の中で、なぜか貿易赤字が拡大している。財務省が20日に発表した10月の貿易統計速報によると、貿易収支は1兆907億円の赤字で、10月としては過去最大で、16ヶ月連続の赤字になった。

 その最大の原因は、原発停止による化石燃料の輸入だが、もっと深刻なのは半導体など電子部品の輸入が前年比50.8%も増えたことだ。輸出も5.1%増えたので、まだ辛うじて黒字だが、このペースで輸入が急増すると純輸入に転じる日は近い。電気機器全体でも、輸出の1兆90億円に対して輸入は9708億円とまだ黒字だが、赤字になるのは時間の問題だろう。

 1年前に自民党の安倍総裁は「日銀が輪転機をぐるぐる回してインフレにしたら円安になって輸出が増える」と言って総選挙に圧勝した。彼のブレーンである浜田宏一氏(内閣府参与)はデフレと円高が不況の元凶だと言い、「日銀がエルピーダ(半導体大手)をつぶした」と公言した。彼の話が正しければ、大幅な円安になった今は半導体の輸出が増えるはずだが、なぜこうなったのだろうか?

 それは日本がもう「貿易立国」ではないからだ。半導体は、アップルやクアルコムなどのアメリカ企業が付加価値の高いソフトウェアに特化する一方、アジアの新興国は低価格のハードウェアを大量生産する工場に特化した。日本の電機メーカーは、研究開発から製造までやる「自前主義」にこだわったため、開発でも製造でも負けてしまった。こうした国際競争力の低下が不況の本質的な原因なのだ。

 次の図は内閣府の発表した7~9月期の名目GDP(国内総生産)速報値だが、四半期で0.4%の成長うち、内需は1.1%増なのに、外需(輸出-輸入)は-0.7%になった。貿易収支と所得収支(海外からの金利・配当など)を合計した経常収支も、9月は1252億円(季節調整ずみ)と過去最大の赤字になり、今後は経常赤字が続くおそれが強い。

8ed68db8-s.jpg

 経常赤字そのものは、人間が年をとると貯金を食いつぶして生活するようなもので、必ずしも悪いことではない。日本は戦後の高度成長期にたくわえた個人金融資金を1500兆円もっており、対外純資産も300兆円ぐらいある。これをうまく運用して世界に投資すれば、あまり成長はできないが人口も減るので、一人あたりではそれほど貧しくならないだろう。

 マクロ経済的には、経常収支はおおむね家計貯蓄に対応するので、経常収支が赤字になるということは、貯蓄がマイナスになって資産が減ってゆくということだ。経常赤字は長期的には円安要因なので、1ドル=100円以上のレートが定着するだろう。円安になると所得収支も減るので、成長のマイナス要因になる。

 最大の問題は財政だ。経常黒字(家計貯蓄)が減ると、財政赤字をファイナンスすることが困難になる。今のペースで政府債務(1000兆円)が拡大すると、あと10年ぐらいで個人金融資産を食いつぶすが、その前に長期金利の上昇(国債価格の下落)が始まるだろう。これは財政を破綻させるばかりでなく、日銀が200兆円を超える国債を抱えると金融危機を起こすおそれもある。

 安倍首相も日銀の黒田総裁も、日本の置かれている状況を取り違えている。日本はもう世界にものを売って外貨を稼ぐ若い国ではなく、今までのストックで食っていく老大国なのだ。無理にインフレ・円安にすると、資産が目減りして貧しくなるだけだ。

 欧米でも景気低迷が続いている。これは一時的な金融危機の後遺症ではなく、経済の成熟や人口減少による長期停滞ではないか、とローレンス・サマーズ(ハーバード大学教授)はIMF年次総会で示唆した。日本は世界に先駆けて急速な高齢化と人口減少を経験するので、優雅に衰退する方法を考えたほうがいい。

 しかし美しく老いることはむずかしい。誰もがまだ若いと思いたがる。黒田総裁はゆるやかな下り坂で一杯にアクセルをふかし、崖に向かって突っ走っているようにみえる。10月の金融政策決定会合では、3人の審議委員が無謀な超緩和路線に反旗を翻した。ジリ貧になるだけならまだいいが、国民を「ドカ貧」に巻き込むのはやめてほしいものだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、不動産市場安定化へ 住宅供給改善策講じる方針

ビジネス

日経平均は一時2300円高、米株先物やアジア株高が

ワールド

再送中国、26年経済成長率目標「4.5─5%」に引

ビジネス

アメリカン航空のベネズエラ便6年ぶり再開、米運輸省
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    「外国人が増え、犯罪は減った」という現実もあるの…
  • 6
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場…
  • 7
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    戦術は進化しても戦局が動かない地獄──ロシア・ウク…
  • 10
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 9
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 10
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story