コラム

橋下市長はなぜ野田首相をほめたのか

2012年07月13日(金)13時11分

 民主党の小沢一郎元代表が11日、新党「国民の生活が第一」を立ち上げたが、小沢新党の政策は「反増税」や「反原発」などの旧態依然たるポピュリズムだ。世論調査では80%以上が「期待しない」と答えており、大衆迎合路線で次の選挙に勝とうという小沢氏のもくろみは当たりそうにない。

 こうした中で、大阪市の橋下徹市長の発言が注目された。彼は定例記者会見で「民主党の支持率は急回復すると思います。野田首相はすごい。確実に決める政治をしていると思う」と首相をほめたのだ。一時は原発の再稼働をめぐって「民主党政権を倒さなければならない」と発言した彼の路線転換は、政局的な憶測を呼んだ。

 橋下氏はその真意をツイッターで説明し、「政策論では消費税の地方税化や厳しい公務員制度改革などで民主党政権とは考えが異なる」とした上で、7月12日に次のようにつぶやいている。


政治行政論は価値中立。政治は、一定の価値観を明確に示して、その方向性で物事を決め、実行していくこと。決める際は、必ずすさまじい反発がある。実行する際にもすさまじい反発がある。その反発を民主主義のルールの中で説得、抑えながら進めていく。これが政治だと思う。


 橋下氏は首相の政策に賛成したのではなく、党を分裂させるという小沢氏の脅しを押しきって増税に踏み切った実行力に共感したのだろう。大阪市の労働組合と闘いを続けている橋下氏の直面する課題は、野田氏と同じだ。日本の組織に根強いタコツボ構造による過剰なコンセンサスを断ち切ることである。

 大阪市長選挙では、市役所の職員が労使ともに平松前市長を支持し、労組が公然たる選挙活動を行なった。これは特定の党派を応援する政治活動というより、現状を維持して既得権を守るサボタージュの一種である。これに対して橋下氏が懲戒処分を次々に打ち出したことが「人権問題だ」という労組との対立を生んでいるが、橋下氏は「政治は権力闘争だ。役所を挙げて僕を拒否している組織に、ひとり落下傘で降りたようなものだから、こっちに使える武器は条例と職務命令しかない」と答えた。

 このように現場がトップの命令に従わない現象は、企業にも広くみられる。日本の組織はタコツボ的な派閥の連合体として運営されることが多いので、全体のリーダーは派閥の合意で選ばれ、彼らの既得権を侵害しない調整型になりがちだ。「強いリーダー」はきらわれ、現場が拒否権を行使するため、組織が動かない。特に小沢氏や大阪市の労組のような「確信犯」を説得することは不可能なので、コンセンサスを前提にしたら現状維持以外の決定はできない。

 だからいま必要なのは、個別の政策より統治機構を立て直して決定できる民主主義を実現することだ、という橋下氏の主張は、いいところを突いている。マニフェストでいろいろな政策を打ち出した民主党政権が何も実行できずに挫折した原因も、党内の派閥や霞ヶ関のタコツボ構造の利害対立を乗り超えられなかったことにある。

 今回の分裂騒ぎを受けて、民主党の輿石幹事長は「自民党の総務会のような全会一致の原則を導入することを検討している」と述べたが、これは逆である。混乱を乗り切るには、党の方針は党首が決め、その決定に従わない党員は除名するというルールを徹底するしかない。それを実行した野田氏は、日本に決定できる民主主義を導入した首相として歴史に残るかも知れない。小沢離党は、民主党が再生するチャンスである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カナダ首相、アングロに本社移転要請 テック買収の条

ワールド

インド、米通商代表と16日にニューデリーで貿易交渉

ビジネス

コアウィーブ、売れ残りクラウド容量をエヌビディアが

ワールド

米軍、ベネズエラからの麻薬密売船攻撃 3人殺害=ト
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story