コラム

再稼働問題で「君子豹変」した橋下市長

2012年06月01日(金)12時49分

「君子は豹変す」という言葉がある。日本では「ころころ態度が変わる」という意味に使われることが多いが、『易経』に書かれた意味は「豹の毛が季節に合わせて抜け変わるように、君子(立派な人)は間違えても状況に対応して柔軟に方針を変える」という意味である。

 関西電力大飯原子力発電所の3・4号機の再稼働について、一時は「民主党政権を倒す」などと過激な発言を続けてきた大阪市の橋下市長は、5月30日の関西広域連合の会合にテレビ電話で出演し、「暫定的な再稼働」を容認する方針を示した。これを受けて広域連合は「限定的なものとして適切な判断をされるよう求める」という声明を出して、実質的に再稼働を容認した。

 政府はさっそくこれを受けて同日夜、関係4閣僚の会合を開き、再稼働を決めた。橋下市長は「うわべや建前論ばっかり言ってもしょうがない。事実上の容認です」とコメントし、関西の知事の顔にもほっとした表情が見える。このように「空気」に乗ってだれもが強硬論を主張し始めると引っ込みがつかなくなるのは、かつての戦争のときと同じだ。橋下氏の撤退は遅すぎた感もあるが、君子豹変したのは立派である。

 関西の知事がみずから「権限がない」と認めるように、彼らが求めてきた「地元の理解」には法的根拠がない。大飯原発は定期検査の中で東日本大震災と同等の地震・津波に耐えられるように補強が行なわれ、ストレステストにも合格した。「原子力規制庁が発足するまで動かすな」という話は、長期の制度設計と短期の運転を混同するものだ。

 彼らの主張には、科学的根拠もない。昨年とまったく同じ大震災が若狭湾で起こったとすると、津波で1万人以上が死亡するだろう。被害をゼロにしたいのなら、まずやるべきなのは若狭湾に20m以上の堤防をつくり、すべての港湾を封鎖することだ。それをしないで人的被害がゼロだった原発の停止を求めるのはおかしい――と私がツイッターでコメントしたところ、橋下市長も認めた。


原発事故の死者は0でも被害が甚大ではないとは言えないはず。しかし津波被害も甚大。確かにどちらも甚大ですね。 最後は対策の不完全性に対する諦めの違いでしょうか。 RT @ikedanob: 津波では2万人が死亡したが、原発事故の死者はゼロ。どっちの被害が甚大ですか。


「対策の不完全性に対する諦め」という言葉は重要である。災害に絶対安全はないし、それを求めるべきでもない。交通事故で毎年5000人が死んでいるが、それをゼロにするために自動車を禁止しろという人はいないだろう。事故の社会的コストと対策の効果が釣り合うように判断する「諦め」が政治の仕事である。際限なく「安心」を求めるだけなら子供でもできる。

 関西の首長が「絶対安全」の建て前論から降りられなくなった責任は、民主党政権にある。政府が「定期検査の終わった発電所は法にもとづいて運転許可を出す」といえばすむのに、野田首相が問題を先送りし、場当たり的な「暫定安全基準」を何度も出して混乱を増幅した。ある知事経験者は「私は再稼働すべきだと思うが、あれでは危なくて知事はOKを出せない」と言っていた。

 今回の混乱の発端は、昨年5月に菅前首相が中部電力の浜岡原発の停止を「要請」したことだ。法を踏み外して政府が恣意的な「要請」や「指導」を行なうと、歯止めがきかなくなる。こういうときこそ、政府が右往左往しないで法にもとづいて処理することが大事だ。反対派もそれに不満なら、行政訴訟や仮処分申請で対抗すればよい。さすがに弁護士である橋下氏は、それを理解したようだ。

 このように感情論が暴走する一つの原因は、政府が福島第一原発事故の科学的な影響評価を行なわず、過剰な対策を続けていることにある。「わからないときは安全サイドに」という原則は、望ましいとは限らない。過剰避難によって11万人の住民が不安な生活を強いられ、原発の停止で5兆円近い燃料費が失われた。政府はまず福島第一原発事故の影響評価を科学的に行ない、その被害を客観的に明らかにすべきだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

東南アジアの洪水、死者241人に 救助・復旧活動急

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る

ビジネス

ユーロ圏の消費者インフレ期待、総じて安定 ECB調

ビジネス

アングル:日銀利上げ、織り込み進めば株価影響は限定
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story